2022-03-23 ライフ

深くて長いお付き合い③-日本と台湾の野球―台湾プロ野球の浮き沈みと将来の展望―

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(第3回)


≪国民熱狂時代 台湾プロ野球(CPB)誕生前後≫

少年野球世界大会で台湾チームは優勝、準優勝の常連、また、代表チームはアジア大会、オリンピックでメダルを獲得、多くのスター選手を生み、台湾野球は世界にその名をとどろかせた。しかし、同時にそのスター選手たちの大リーグや日本のプロ・社会人野球への流失が続いた。何とかしなくては、と1989年、兄弟飯店を中心に、中華職業棒球聯盟(CPBL)を発足、翌1990年3月、兄弟エレファンツ(ホテル)、統一ライオンズ(小売りチェーン)、味全ドラゴンズ(総合食品)、三商タイガース(飲食業チェーン)の4チームで、ついに台湾プロ野球が開幕した。台湾プロ野球元年、開幕戦は南京東路と敦化北路の角にある中華球場(現 台北アリーナ 台北小巨蛋)でダブルヘッダーが行われた。午後1時に始まった第1試合には日本から王貞治氏が駆け付け、記念すべき第1球、始球式が行われた。4時に第2試合プレイボール。第1試合のチケットが手に入らなかった筆者は、その試合を見に行った。球場は超満員で、観客はセレモニーにも始球式にも試合前練習にも、もちろん試合にも大熱狂、筆者も鳥肌が立つくらい興奮した。まさに台湾野球の黄金期がここにピークを迎えた。


 

≪暗黒時代 賭博と八百長≫

CPBがスタートした1990年~91年、筆者はちょっとイライラしたことがある。球場に行けないときはテレビで生中継を見るのだが、テレビカメラのクルーがプロ野球の中継に慣れていないようで、例えば、無死ランナー3塁で打者がレフトに大きなフライ、3塁走者はタッチアップ、しかしテレビカメラは、アウトになってベンチに帰る打者を映す。レフトから本塁への送球も、タッチアップしたはずの3塁走者も映さない。次の打者のシーンで得点したことを知る。しかもアナウンサーは何も言わない。あー、本塁のクロスプレー、見たかったなぁ(ため息)・・・。そんなのが結構たくさんあって少しストレスだった。でも、そのうちテレビクルーもアナウンサーも慣れて、中継がうまくなってきた。1996年までは牧歌的な黄金期であった。

CPB選手の年俸は日米韓と比べて低く(参考;2012年のCPBトップ選手年俸は100万元=約375万円)、公営ギャンブルがない台湾で、1996年、八百長事件が起こった。一人30万元(約112万円)の報酬で、暴力団の賭博に手を貸し、八百長試合(黒鷹事件)をやったのだ。その結果、18人が有罪となった(但し収監者は無し)。味全のようにこの事件がきっかけで解散したチームもたくさんあった。2008年には米迪亜ティーレックスが賭博絡みの八百長(黒米事件)で解散、2009年にも賭博が発覚、1996年から2009年までに計5回の八百長事件があり、84名が起訴された。台湾プロ野球の暗黒時代である。当然ファンも離れて行った。かつては1試合平均6000~7000人の観客動員数だったCPBは、一時期観客数が1000人余りまで減り、根本的な立て直しが急がれた。

 

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≪娯楽時代 エンターテインメントとしての野球≫

そんな中で、明るいニュースとしては、2006年~07年に王建民がニューヨークヤンキーズで2年連続19勝をあげる大活躍、今は陳偉殷や陽岱鋼が日米で大活躍して、台湾のファンを喜ばせている。また、2006年、台中の胡志強市長の肝煎りで臺中市洲際棒球場(台中インターコンチネンタル野球場)が開場し、以降、多くの国際試合がここで行われるようになった。

台湾野球は、立て直しのために再び動き出した。

2012年3月、日本の社会人選抜、大学生選抜、侍ジャパンが参加する東日本大震災復興支援ベースボールマッチにプロ野球台湾代表も参加し、東京ドームで侍ジャパンと試合をした。2013年、地方開催を増やし、ファン拡大を目的に、台湾東部にある花蓮棒球場で初のプロ野球試合を設定した。またこの年、台湾でチアガール制度が始まり、試合の応援はもとより、ローカルビジネスとのコラボや芸能活動などを通してファン層を拡大、インフラにも力を入れ、食堂・売店やバーベキューサイト、VIPルームの開設や、ビールの売り子などなど、明るいイメージとエンターテインメント性を前面に押し出し、子供、女性、家族連れなど新たなファンの獲得に親会社が動き始めた。

筆者がコーチを務める台北の日本人少年野球チームも3年前、富邦ガーディアンズに招待され、内野席で試合を応援した。子供たちはみんな、富邦グッズやガーディアンズタオル、バッジ、お弁当などをもらって至れり尽くせりの接待を受け、テレビ中継でも紹介された。何人かの子供はガーディアンズファンになった。このようなサービスは富邦ガーディアンズだけではなく、全てのチームが行っている。

2019年、一度解散した味全ドラゴンズがCPBに再加盟、そして今年2022年には、台湾第2の都市、高雄にある澄清湖球場を本拠地に、台湾鋼鉄集団が6チーム目として新加盟する予定で、これで北部の台北から南部の高雄まで全国にプロ野球チームが展開、今年も、鳥肌が立つくらい熱い戦いを繰り広げ、私たちファンを楽しませてくれるだろう。


 

第3回終わり

(次回は≪台湾の少年野球≫についてレポートします)


 

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