この1週間ほどで急速に拡散した「今日のウクライナは明日の台湾」のフレーズをめぐり、台湾当局が神経をとがらせている。ロシアによるウクライナ侵攻が始まって以来、地元メディアはこの表現を見出しで使い、討論番組で語られ、市民らはウクライナ戦争が台湾統治を主張する攻撃的な大国・中国をつけ上がらせるのではないか、との深刻な懸念を示している。
米紙ワシントン・ポストは、台湾の市民が長年にわたる中国からの脅威や威嚇に慣れてしまっているとし、それは中国側の日常的な防空識別圏への侵入、台湾攻撃を想定した軍事演習からサイバー攻撃にいたるまで多岐にわたると説明。だが、この〝日常〟が維持できなくなるとの認識が広がっているというのだ。
台湾南部・高雄に住む69歳の退役軍人ラン・ワイチェンさんは、「『今日のウクライナは明日の台湾』というのは本当だと思う」とした上で、「米国を含め、よその国はあてにならない。われわれは自分たちで台湾を守るだけだ」と同紙に語った。
ロシアのプーチン大統領がウクライナについて持論を展開しているように、中国共産党も、台湾が歴史的にも主権領土で、「不可分」なものであるとの主張を何十年も繰り返している。そのため習近平主席からは、「中国が台湾を〝統一〟するためには武力行使の権利を有している」との強硬発言が飛び出す。
だが、台湾の政府関係者や研究者らは、ウクライナと台湾との状況の類似点はそこまでだと明言。大きな相違点は、中国と台湾の間には160kmの海峡があること、台湾がグローバルな供給網の重要拠点であること、また米国の同盟国である日本や韓国が近くに存在することだと指摘する。
それでも、中国による台湾への攻撃が差し迫った危機として受け止める市民は、まだほとんどいないものの、ロシアによる攻撃で破壊されたウクライナ市街の映像を見る限り、その可能性は現実味を帯びる。
「今まで中国の台湾攻撃はあり得ないと思っていた。でも、もしロシアが勝ったら、中国が軍事力を行使する可能性が高まることのでは」とエコノミストのマービン・スーさん(26)は同紙に台湾有事への不安を打ち明けた。
同紙よると、多くの学者が「先制攻撃禁止」とする台湾の軍事ドクトリンを見直す必要性を訴える中、民間防衛の訓練コースや救急手当の無料講習、一般市民が戦争に備えるための講義なども各地で始まるなど、有事に備え緊張が高まっているのも事実だ。
一方、政府側は台湾有事への高まる警戒感を抑えようと躍起だ。市民に不必要な恐怖をあおるという面だけではなく、ウクライナの二の舞を避けるため、親中派が市民の警戒感を口実に、中国政府にすり寄ることを防ぐためだ。