注目ポイント
何気ない日常の光景のなかにも物語は潜んでいる。2泊3日の観光旅行ではあまり足を踏み入れる機会のない台湾地元住民の生活圏「菜市場」を歩いていると、台所の定番野菜であるキャベツが目に飛び込んできた。台湾の人々はこれを何の疑いもなく「高麗菜」と呼んでいるが、キャベツは朝鮮半島が原産地ではないはずだ。ではなぜ?…雑誌・書籍編集者として台湾でも活躍してきたベテランライターが、台湾の街角を散歩しつつ、台湾の素顔を紹介する。
「高麗菜50元」の札に「そうだ、台南、行こう」
とある昼下がり、私は、台北市街のはずれにある「菜市」(菜市場)に迷い込んでしまった。
「菜市」とは、八百屋や肉屋などなど、生活に密着した商店が特定の場所に集う、昔ながらの市場のことだ。「伝統市場」とも呼ばれている。「公設市場」もあれば、路地に出店が集まる「流動市場」もあり、日本人にとってもどこか懐かしい雰囲気が漂う。

もちろん台湾でも「超市」つまりスーパーマーケットはますます充実しつつあるが、「菜市場」の活気はより人間くさい。
私は買い物するおばさんたちの間をすり抜けて歩くうち、ある八百屋の店先で立ち止まった。そしてある野菜に目を引かれた。
「雪翠高麗菜 一粒 50元」と、札にはある。
訳せば「雪翠キャベツ 一個 50台湾元」。雪翠は品種名。夏は高冷地、秋冬は平地で作られ、台湾のキャベツでは最も品質がいいと人気の品種だ。円安のいま、50元は230円前後といったところ。
そして私は、そのキャベツを見ながら、こう思ったのだった。
そうだ、台南、行こう。

海の神と「水仙宮市場」「永楽市場」
高速鉄路(高鉄)つまり台湾新幹線と、在来線とを乗り継いで、なんだかんだで3時間あまり、台鉄(在来線)の台南駅に着いた。
「台湾の京都」ともいわれる台南では、かつて「台南州庁」の庁舎だった現在の「国立台湾文学館」や当時のデパートを、外観などをそのままに現代によみがえらせた「林百貨」といった歴史的建築物が多い。

が、そうした観光スポットには寄らず、オランダ人築城の史跡として知られる「赤崁楼」もいつのまにか通り過ぎて、まっすぐに菜市に向かう。その名は「水仙宮市場」。
「水仙宮市場」は、市場の中にある「水仙宮」がその名前の由来だが、もとは「永楽市場」と言って、日本統治時代の1918年に日本人が作った市場だという。
それが戦後「長楽市場」として整備されたが、1985年に起きた火災のあとで建て直され、名前も「水仙宮市場」に改められた。
ところが、その「水仙宮市場」の東北側にある一帯は、昔ながらの「永楽市場」とも呼ばれている。これは二つの市場が隣接しているのだという人もいれば、名前は二つあっても同じ市場という人もいて、ややこしい。そして、グーグルマップでは「永楽市場」の名前が出てくる。

まあそんなことはさておき、「水仙宮市場」の中心にある水仙尊王を祀る「水仙宮」の創建は、「水仙宮」の創建は、1684年というからかなり古い。近松門左衛門の「国性爺合戦」の主人公・和藤内のモデルとして知られる鄭成功とその一族による台湾統治が終焉し、台湾における清朝時代の開幕の年がこの年だ。