注目ポイント
台北の松山空港から飛行機で約1時間。金門島とともに対中国共産党の最前線となった国境の島々「馬祖列島」で、連江県政府と中華文化総会の主催で始まった国際芸術祭「馬祖国際芸術島(馬祖ビエンナーレ)」。媽祖の多様な風土文化への理解と関心を深めるための芸術祭で、第2回目が9月23日から11月12日まで開催されている。複雑な歴史背景を持つ台湾を象徴するような島の歴史とアーティストたちの試みを、文筆家の栖来ひかりが紹介する。
また今年も来ることができた。去年につづき、二度目の「馬祖ビエンナーレ」だ。
潮風に吹かれながら空港から右手を望むと、山の中腹に大きく「枕戈待旦(武器を枕に、油断せず時機を待つ)」というスローガンが見える。冷戦時代、台湾(中華民国)における最重要軍事基地のひとつだった馬祖の象徴だ。台北から北西へ飛行機で約1時間、いたるところ軍事スローガンだらけのこの島は、台湾の連江県に属する馬祖列島の南竿(ナンガン)島。馬祖列島は合計36個の島からなり、中華人民共和国まで目と鼻の先の、台湾「国境」の島々である。


国共内戦で敗北した中国国民党は、1949年、台湾に撤退して台北を臨時首都とした。そこから台湾を拠点に中国奪還を最終目標とした蒋介石は、戦前から台湾に住んでいた住民、および戦後に国民党とともにやってきた住民に対して「大陸反攻」を要求し、抵抗するものを徹底的に弾圧した。そこで、対中国共産党の最前線であり、最重要軍事拠点となったのが金門島とここ馬祖だった。冷戦期を経て台湾海峡の緊張が緩和され、1987年に台湾の戒厳令が解除されたことを受けて、馬祖では1992年に軍事管制が解除、1994年から一般開放されて観光客も訪れる。それからちょうど30年の2022年、台湾初の今後10年にわたるアート・ビエンナーレの第1回が開幕し、今年9月23日に第2回が幕を開けた。


初めての訪問者には、歴史的な経緯のため建設された軍事遺構の数々がまず非日常的で強烈な印象を与える。島のいたるところにあるアリの巣のように掘られた軍事トンネルやトーチカは、これまで島の住人でさえ立ち入ったこともない秘境で、芸術祭のために初めて公開される場所ばかりだ。そして、馬祖独特の生物環境や民俗・習俗・飲食文化にも興味が尽きない。実際、台湾本島でよく話される台湾ホーロー語(いわゆる台湾語/閩南語)に対し、馬祖語のルーツは福州語(閩東語)であり、両者は意思の疎通ができないほどに違う。
馬祖の各家庭で醸される「老酒」はもち米と紅麹を用い、冬の新酒のころは紅い桃色をした「生紅」と呼ばれるが、時間が経って夏の暑さを過ぎれば琥珀色を帯び、口あたりも滑らかになる。今年の第2回馬祖ビエンナーレのテーマ「生紅過夏」とは、アートがいかに馬祖という環境や記憶を取り込みながら発酵し、味わい深い老酒となるかの象徴だ。そうした多様な文化と歴史を10年のあいだ、5つの島々に設置されたアートや様々なプロジェクトを通して、国内外での理解や関心を広めるのはもちろんのこと、馬祖の住人自身も自分の手に島々を取り戻していこうというのが、この芸術祭の主旨である。


