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メソポタミア文明で使用されていた楔形(くさびがた)文字は、人類史上最古級の字体体系の一つで、その歴史は今から5400年前の紀元前3400年まで遡る。この文字は3000年以上もの長い間使われた。研究者らは、シュメール語とアッカド語の楔形文字で書かれた何千もの文章を発見し、現在、これらの文章を英語に翻訳できる人工知能(AI)システムを開発している。英オンライン科学誌「ZMEサイエンス」が解説した。
イスラエルにあるアリエル大学の研究者らが、古代メソポタミアで使われていた楔形文字で記された5000年前のアッカド語とシュメール語の文章をAIで自動英訳するシステムを開発している。
アッカド語はセム語派の一つであり、アラビア語やヘブライ語などの現代言語を含む言語族に属する。この言語は古代メソポタミア、主に今日のイラクとシリア北東部に当たる地域にあったアッカド帝国で話されていた。アッカド語は、アッカド文明の中心の一つ、古代都市アッカドにちなんで名付けられた。
アッカド語は、行政文書や法律文書から文学や科学に至るまで、幅広い目的で使用された。文章は粘土板に楔形文字を使用して刻まれ、19世紀に初めて解読されると、当時の歴史、文化、科学について克明に記されていたことが分かり、古代世界への新たな扉が開かれることになった。
一方、アッカド人とともにメソポタミア文明の基礎を作り上げたシュメール人が使っていたシュメール語は孤立言語で、関連する言語が存在しないという特徴がある。この言語は、現在のイラク南部にあった古代シュメールで紀元前4500年頃から紀元前2000年頃まで使われていた。
これらの言語は両方とも、他のいくつかの言語と同様、楔形文字表記システムを使用していた。古さでは紀元前3200年前後から使われていた古代エジプトの象形文字に匹敵するとされる。問題は、楔形文字の解読が非常に困難なことだ。楔形文字の完全な解読には1802年から2022年まで、200年以上の年月を要した。
解読のきっかけとなったのは、イラン西部ケルマーンシャー州にある巨大な岩盤に刻まれた「ベヒストゥン碑文」の再発見だった。アケメネス朝のペルシヤ王ダレイオス1世の時代(紀元前550年)に遡るこの碑文には、古代ペルシア語、エラム語、アッカド語の3種類の楔形文字が含まれていた。古代ペルシア語が近代歴史学史上、初めて解読された楔形文字の言語となり、残り2言語の解読の手がかりともなった。
解読されたベヒストゥン碑文の内容は、ダレイオス1世が自身の出自、支配する領土や神から委ねられた王位、反乱の鎮圧などを自ら語るという文体で記されていた。
冒頭部分はこうだ。
余はダーラヤワウ(ダレイオス)、偉大なる王、諸王の王、パールサ(ペルシア)の王、諸邦の王、ウィシュタースパの子、アルシャーマの孫、ハカーマニシュ(アケメネス)の裔
王ダーラヤワウは告げる、余の父はウィシュタースパ、ウィシュタースパの父はアルシャーマ、アルシャーマの父はアリヤーラムナ、アリヤーラムナの父はチャイシュピ、チャイシュピの父はハカーマニシュ
ZMEサイエンス誌によると、ベヒストゥン碑文の解読にあたり、研究者たちは多くの感動の瞬間と多大な努力を積み重ね、ついに楔形文字の完全解読に至った。ただし、一部の研究者にとって、それだけで十分とは言えなかった。楔形文字の翻訳をもっと簡単に利用できるようにしたいと考え、人工知能(AI)に目を向けたのだ。