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2023-10-03 政治・国際

中国へそんたく?対米交渉見限り?…「お騒がせ」米兵を追放した北朝鮮の思惑【西岡省二の羅針儀】

© REUTERS 板門店の北朝鮮側に立つ朝鮮人民軍兵士=2002年3月29日

注目ポイント

韓国と北朝鮮を隔てる南北軍事境界線の板門店(パンムンジョム)共同警備区域(JSA)で今年7月、北朝鮮に無断で越境した米国陸軍2等兵が米側に引き渡された。仲介に入った中国にそんたくしたからなのか、米朝間の駆け引きの結果、「米国は譲歩しない」と見限ったからなのか――北朝鮮が一方的に米兵を追放した真意は定かではない。ひとまず、北朝鮮が「敵国の国民」を追い出したことで事件は区切りを迎え、「お騒がせ」2等兵は米軍内で処分を受けることになる。

芳しくない評判

米韓のメディアの情報を総合すると、事件を引き起こしたトラビス・キング2等兵(事件発生時には23歳)の評判は芳しいものではなかった。

5月27日に酒に酔って、ソウルの路上にあった車3台を破壊した疑いで韓国警察に逮捕され、7月10日まで約2カ月間、米軍に拘束されていた。

© REUTERS

北朝鮮から追放されたトラビス・キング2等兵=2023年9月28日

ほかにも、ソウルのクラブで飲酒して韓国人を殴った▽警察官に「攻撃的」な態度を取り、パトカーを蹴って壊した――などの軽犯罪歴もあった。

今回の事件は、米国で懲戒処分を受けるため、韓国の拘置所から米国へ護送される途中に起きた。

仁川国際空港で7月17日、出国のため安全検査を通過し、米軍関係者が同行できなくなったすきに、1人で空港出口に引き返し、逃亡した。翌18日、JSA見学ツアーに「一般人として」参加し、軍事境界線に向かって走り出し、そのまま北朝鮮側に入った。

事件直後、オースティン米国防長官は早々に「故意に、許可なく越えた」と表明していた。

 

米朝双方にとって厄介?

事件から1カ月たった8月16日、北朝鮮国営の朝鮮中央通信は「自国領内に不法侵入する事件が発生した」と初めて言及した。「2等兵は事実を認めた」「2等兵は米軍内での非人間的な虐待と人種差別に対する反感を抱いて朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)に行く決心をしたと自白した」「また不平等な米国社会に幻滅を覚えたと述べ、わが国や第3国に亡命する意思を明らかにした」と主張していた。

この時、北朝鮮は米国の出方を見守っていたようだ。

そもそも2等兵は「自主的な越境者」であり、北朝鮮で犯罪行為をしたり損害を与えたりしたわけではない。政治的に重要な人物といえないうえ、米軍の階級も高くなく、得られる情報も限定的だ。

北朝鮮側は「人種差別」「亡命」などの用語を使っているが、2等兵が米国において人種問題で困難を強いられていたり政治的迫害を受けていたりするような状況は明確ではない。北朝鮮としても、2等兵は▽韓国でトラブルを起こして逃げ込んできた人物である▽自主的な「北朝鮮入り」である▽その人物をどこまで自国の宣伝扇動に絡めて前面に押し出すべきなのか――2等兵のイメージとも相まって判断に苦慮した可能性がある。

北朝鮮としても1人の米兵を抱え込むのは負担が大きい。専門の警護・監視・通訳・宿舎などのほか、長期にわたって滞在させるならば適応(洗脳)教育も施す必要がある。

こうした事情もあり、韓国の北朝鮮問題専門家の間には「米国は本国への送還を要求するだろうが、米国が譲歩して北朝鮮が利益を得るような“取引カード”になるとは思えない」「米朝双方にとって厄介な問題だ」「最も可能性の高いシナリオは、北朝鮮が時間をかけて調査し、水面下で米国側と意思疎通を図った後、送還することだ」という見方が広がり、実際、そうなった。

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