注目ポイント
近年の「路上観察学」ブームを受けて、庶民の日常に焦点を当てたさまざまな路上フィールドワークが行われている。街頭のちょっとした広告や看板、建築物の一角など、路上にのこされた貴重な文化財で時代を語る試みがなされている。それは歴史を語るにおいて、ひとまずマクロな視点から離れて、身をかがめてミクロな視点から台湾の細部に唯一無二の文化的景観を見出そうとする試みである。
文・鄧慧純 写真・林格立 翻訳・齋藤齊

建築物のファサードを飾る大面積のタイルは、建築物の外観を形成する鍵になる。時代ごとに異なる職人技や流行によって、タイルにまつわる物語は無限の広がりを呈している。日本に生まれ台湾に長年滞在している建築学者・堀込憲二が、台湾と日本をつなぐ文献を網羅・整理し、それぞれのタイルに秘められた100年の台湾物語を語ってくれた。
そもそも「タイル」とは?
すでにセミリタイア状態にあっても、国立台湾大学藝術史研究所で非常勤講師を務める堀込は、その職業病だろうか、席を温める間もなく、タイルとは何かについて語りだした。「台湾で現在、装飾タイルと呼ばれている物の正式名称は、『マジョリカタイル』と言います。そのほとんどが日本で作られました」
堀込によれば装飾タイルとは「伝統的な瓦厝[訳注ヒィアツゥ:台湾語で瓦葺きの家]によく見られる、さまざまな模様を施したタイルで、装飾的な意味合いの他に、光や風を通し、建築物本体にかかる風圧を軽減させる効果があります」という。
「大学は建築学科を卒業しました。学部で学んだ1960年代は、モダニズム建築が真っ盛りで、恩師からは『空間こそが重要で、表面の装飾はさほど重要ではない』と教えられてきたため、装飾過剰な建築物は受け入れられずに来ました。建築物の装飾も重要だと気づいたのは、実は、台湾に来てからです」と、恥ずかしそうに語る。
堀込は、30年以上前、客員教授として台湾大学に招聘された際、偶然近くの骨董屋で2枚のマジョリカタイルに目を止めた。堀込は裏面の「Made in Japan」に興味をそそられ、マジョリカタイルを集めるようになった。タイル裏面の製造国、製造年、意匠登録番号を示しながら、それぞれのタイルのプロフィール情報から、物言わぬ建築物の手がかりが得られるため、文化財修復や保存再利用に大いに役立つという。

装飾代わりとして
台湾で赤レンガの古い家屋によく飾られているマジョリカタイルは、日本ではほとんど見かけない。堀込の分析によれば、くすんだ色の木造・土壁が多い日本の民家には、色鮮やかなマジョリカタイルの出番がない。防水性、耐化学薬品性に富むタイルが日本家屋でも使われる場所といえば、浴室やキッチン、トイレ、玄関などだ。それに対して、台湾の古民家では、赤レンガにタイルを貼り付けることが多い。外壁の装飾にも好んで使われ、華やかさを演出している。
「マジョリカタイル は、装飾代わりに使われて来ました」と堀込憲二は言う。かつて台湾の富裕層の邸宅は、交趾(コーチ)焼やモザイクで装飾されていたが、同じような効果が出て、施工も容易なマジョリカは、台湾の民家でもてはやされた。
