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2023-09-21 政治・国際

対台湾関係に揺れる韓国 現地有力紙が「断交」の過去に反省の視点

© REUTERS 握手する韓国の康京和外相(右)と中国の王毅外相=2019年12月4日、ソウル

注目ポイント

中国が覇権主義的姿勢を強めるなか、東アジアが揺れている。韓国では尹錫悦(ユン・ソクヨル)政権が米韓同盟や日本との連携強化重視に舵を切るなか、有力紙「中央日報」は1992年の韓中国交樹立に伴う台湾との断交について「台湾の人々が傷ついた」と題する論説文を掲載し、当時の韓国の外交姿勢を「反省」する視点を示すなど、言論面でもその揺らぎを象徴する動向が浮き彫りになっている。

「傷ついた」と台湾の研究者指摘

台湾人研究者によるある発言をもとに韓国有力紙「中央日報」電子版が9月15日付の論説「時視各角」において「台湾の人々が傷ついた」と題する一文を掲載した。

ある発言は、今月初めに台北で開かれた「米中戦略競争と両岸関係」というセミナーで飛び出した。台湾の政治大学で教授職にある王信賢氏が、1992年の韓国との突然の断交によって「多くの台湾の人々が傷ついた」と指摘したのだ。

論説文の筆者、コ・ジョンエ編集長は、この言葉を自身の論説のタイトルに採用し、王教授の発言に呼応するかのように、導入で「韓国と台湾(※筆者注・正確には「中華民国」)は“血盟以上”の関係であった」という主張を展開。

続けて「戦前に大日本帝国統治下の朝鮮人によって展開された抗日運動を(※大陸時代の中華民国の)蒋介石が積極的に支え、第二次大戦終結にともなう混乱期には大陸にいた朝鮮人の帰郷をサポートし、生活費まで支援した」ことなどを列挙。さらには「米国の持続的な反対で実現はしなかったが、1950年に朝鮮戦争が勃発した際真っ先に派兵の意思を明らかにしたのは台湾であった」とも述べている。

かつて親密だった韓台関係

論説文を執筆したコ編集長が、1949年に国共内戦に敗れ、「中華民国」を背負って台湾に逃れた蒋介石政権と、日本が日清戦争の結果の下関条約によって1895年から1945年まで領有した台湾との歴史的な背景をどの程度区別し、どの程度意図的に混同しているのかは不明である。

だが、少なくとも戦後の「台湾」と「韓国」双方の関係は、ともにかつて日本統治を経験したということやアジアで台頭する共産主義勢力との対峙という共通点から関係が深かったのは事実であり、台湾(中華民国)は韓国(大韓民国)を朝鮮半島における唯一の合法的政府として最初に承認。台北市はソウル市の最初の姉妹都市にもなったばかりか、台湾(中華民国)にとっては、1990年7月にサウジアラビアと断交した後は、アジアおいて外交関係を維持する最後の修交国が韓国であった。

しかし1992年10月、韓国(盧泰愚大統領)が中華人民共和国と国交関係を樹立したことで国交は絶たれ、93年以降の韓台は非外交関係を維持するに至った。

© REUTERS

懲役刑を終え、ソウル拘置所の前で報道陣に応じる盧泰愚前韓国大統領=1997年12月22日

台湾との断交「だまし討ち」と「反省」

話を戻すが、韓台関係を「血盟以上」だったと主張するコ編集長は、自身の論説文の中で「それにもかかわらず、韓国の台湾との断交が理不尽でだまし討ちのようであった」と懐述し、自国の外交史に「反省」の視点を盛り込んだのだ。

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