注目ポイント
「ロマンチック台三線芸術祭」は、蔡英文政権が2017年より取り組む「客家文化復興」の一環で2019年に初開催され、今年で2回目を迎える。多民族が暮らす台湾で主要なエスニックグループのひとつである客家(ハッカ)、その人々が特に多く暮らす地域をカバーする道路「台三線」を舞台に、ステレオタイプに語られがちな客家文化、そして台湾社会の「当たり前」「普通」に、現代アートやデザインが対峙する試みがめざすものとは――台北在住の文筆家・栖来ひかりが報告する。
また、これまでジェンダー・アイデンティティやセクシャリティと「家」をテーマに作品づくりを続け 、自身もゲイの当事者であることを公表しているマンボー・ケイ(楊登棋)は、故郷である台中東勢に戻り、日本統治時代に建てられた教員宿舎において、伝統的保守社会における、女性性にまつわる低俗さ/悪趣味さ/陳腐さというステレオタイプを誇張したインスタレーション《塑膠禮儀 Ā bǐ bǎI》を設置。
作者はこのインスタレーションで、ここ数十年の後付けイメージで客家の象徴と誤解される「客家花布」を改めて考え直しているほか、展示名に「アビバ(Ā bǐ bǎI)」という実在の人物の名称をつけている。「アビバ」は、かつて東勢の町に住んでいたひとりの風変りな女性の名前で、やがて東勢の保守的な客家社会のなかで目立ったり派手な振る舞いをする子供や女性に対し、「このアビバが!」と言って叱ったり貶めたりする、地域限定の非常にネガティブな言葉に変わった。展示に敢えてこの「アビバ」をもちいることで、ジェンダーやセクシャリティに関する印象を、肯定的な意志あるものに読み替えていく。これは、もともと「風変りな」「奇妙な」という意味を持ち性的少数者を侮蔑する言葉であった英語の「クイア(Queer)」が、当事者のポジティブな自称として変化してきた過程を彷彿とさせる。



この試みは、今年の芸術祭のテーマ「Falabidbog花啦嗶啵(ファラビボ)」という客家語にも相通じる。そもそも「ファラビボ」とは派手さやけばけばしさに軽い非難を込めた侮蔑的な言葉であった。それをあえてテーマに掲げることは、地域の多様な彩りと美しさを包括するポジティブな言葉として「ファラビボ」をもって読み替えることでもある。一部の性的少数者から、多様なマイノリティーを包摂するために生まれた「クイア・スタディーズ」の台湾版として、よりローカルに、客家ひいては台湾社会の「当たり前」「普通」に疑問を呈し、思い込みや意味に抗い覆していこうとする強い意志。そうした戦闘性を、アートやデザインによって柔らかく、より受け手の想像力や考え学ぶ空間を共有する形で展開していく「ファラビボ・スタディーズ」の誕生、そんな風にも言えるかもしれない。

さまざまな「分断」を抱える現在の世界において、土地の脈絡を見つめることでローカルが主役となり、そのうえで地域の人々と教え/教えられながら協働して芸術祭を作り上げよう、そんな姿勢が隅々まで貫かれていることを感じたアートのお祭りである。
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