注目ポイント
「ロマンチック台三線芸術祭」は、蔡英文政権が2017年より取り組む「客家文化復興」の一環で2019年に初開催され、今年で2回目を迎える。多民族が暮らす台湾で主要なエスニックグループのひとつである客家(ハッカ)、その人々が特に多く暮らす地域をカバーする道路「台三線」を舞台に、ステレオタイプに語られがちな客家文化、そして台湾社会の「当たり前」「普通」に、現代アートやデザインが対峙する試みがめざすものとは――台北在住の文筆家・栖来ひかりが報告する。
この夏に第2回を迎えた台湾最大規模の国際芸術祭「2023ロマンチック台三線芸術祭(浪漫台三線藝術季)」が6月24日から開催され、8月27日に幕を下ろした。
台湾では「2013桃園ランドスケープ芸術祭(桃園地景藝術節)」「2015東海岸大地芸術祭(東海岸大地藝術節)」以降に各地で地域型の国際芸術祭が生まれ、より大きな規模で、より深いテーマ設定にて盛り上がりを見せている。この度の「2023ロマンチック台三線芸術祭」もそうした地域芸術祭のひとつで、北から南まで台湾西側を縦断する道路「台三線」でも特に客家(ハッカ)の多いエリアを中心に、台北・桃園・新竹・苗栗・台中の5県市、約150キロに跨って開催。参加人数は8月20日までで、113万人を数えた(主催者調べ)。

この芸術祭は同じく客家にルーツを持つ蔡英文総統が2017年より取り組んでいる「客家文化復興」の一環でもあり、現在は桃園市で「2023世界客家エキスポ(世界客家博覽會)」も始まっている。共に行政院(内閣)管轄下にある客家委員会が主催するプロジェクトだが、内容は客家文化やこのエリアの自然環境だけが主役というわけではない。元より土地に暮らしてきたサイシャット族・タイヤル族など原住民(先住民)族との土地争いに加えて、日本統治時代初期には郷土防衛のための抗日運動(乙未〈いっぴ〉戦争)がとりわけ激しかった地域である。様々なエスニック・グループの血塗られた争いの記憶が積み重なったこの地で、現代アートやデザインはどのような役割を担えるのか。「ロマンチック台三線」という名称からは想像もつかないほど骨太な内容だ。
客家のステレオタイプや“当たり前”に抗う
国内外55組のアーティストと21組のデザインチームが91の作品を制作、100以上のイベントを開催した本芸術祭だが、手探りで準備期間の少なかった前回に比べ、第二回目の手ごたえは大きいと総合キュレーターのエヴァ・リンは言う。特に今回は、それぞれの地域に根を張ってコミュニティづくりに取り組むNPOや団体、教員や学生・児童らと繋がってアーティストが長期間滞在制作できる環境を心掛けた。また客家のみならず、日本やアメリカなど様々なルーツを持つアーティストを選ぶことにも重点を置いた。
エヴァの話を聞きながら特に印象的だったのは、「客家のステレオタイプや台湾で“当たり前”とされてきた偏見、思い込み、侮蔑に力強く抗う」という意識がどの作品にも通底していることだ。例えば、台湾でよくみられる建築素材や要素を、台湾の現代的建築風景と日本式家屋に囲まれた空き地というランドスケープのなか再構築した陳為榛(チェン・ウェイチェン)の《穿越-住所》は、「客家建築といえば円形土楼」という誤解や思い込みに抗う。円形土楼は、中国大陸の一地域において客家の建築として有名なものがあるが、客家のみが円形土楼を建てるわけではないし、台湾客家は円形土楼を建てない。

