注目ポイント
沖縄近海の光ファイバー海底ケーブルから中国製盗聴装置が発見されていたと在沖縄米軍向け雑誌が指摘していた問題は、本誌6月17日の報道を機に日本国内でも広く知られ、通信設備におけるセキュリティ対策の重要性が一気に注目を浴びた。実際に台湾の離島・馬祖島では、今年2月、台湾本島に通じる通信用海底ケーブル2本が1週間のうちに相次いで切断。1カ月以上通信障害が続く事例も発生した。安全保障において「ネットワーク中心の戦い」(ネットワーク・セントリック・ウォーフェア=NCW)が脚光を浴びるいま、日米安保や現代中国政治、外交・安全保障に詳しい筆者が、情報通信網の重要性をはじめ、日本をとりまく東アジアの安全保障を総括した。
領域を超えて拡大する戦争
2022年2月24日、プーチン大統領によって開始されたウクライナにおける戦争は、物理的な戦闘領域を越えてサイバー空間や宇宙空間に拡大し、軍事と民間の垣根を越え、さらに軍事領域を越えて経済や技術の領域にも影響を及ぼし、地理的にも欧州地域を越えて世界各地に危機を拡散している。
その原因の一つは、プーチン大統領が「全ての武器化」を図っているからだ。プーチン大統領は、経済の相互依存さえ武器化した。欧州各国が天然ガスなどのエネルギー資源をロシアに大きく依存している状況を利用し、欧州諸国を恫喝したのである。ロシアは欧州への天然ガス供給を遮断することで、欧州各国によるウクライナ支援が止まることを狙った。しかし、欧州では暖冬となり、欧州各国が他の生産者から潤沢な供給を確保したため、ガス価格はウクライナ侵攻前の水準に戻った。価格下落やプーチン大統領の戦略的判断ミスに、日本や欧米諸国による経済制裁も加わって、ロシアは自ら苦しい状況に追い込まれることになったのである。
欧州がエネルギー危機を免れた一方で、欧州諸国が経済力を背景に天然ガス等の購買競争を仕掛けたため、エネルギー資源需給の国際秩序は混乱し、新興国・開発途上国が大きな影響を受けた。また、ロシアによるウクライナ侵攻で、「欧州のパンかご」とも呼ばれるウクライナの小麦は、生産、輸出ともに大打撃を受けている。そのため、世界規模の深刻な食糧価格の高騰が起きた。アフリカの最貧国などでは穀物値段の高騰が飢餓に直結する。欧州で生起した侵略戦争は、他の地域の新興国・開発途上国に食糧危機をもたらしかねない。

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社会を追い込むハイブリッド戦
前述のエネルギー資源および食糧輸出の遮断を含め、ロシアはウクライナ侵攻に際してハイブリッド戦を仕掛けている。その対象はウクライナ国内に止まらない。ハイブリッド戦とは、非軍事的手段を用いて、敵国の継戦能力を低下させ、物理的な軍事的手段を用いた作戦の遂行を容易にするものである。敵国の継戦能力を低下させるのに重要なのが国民の支持を失わせることだ。
軍事的手段と非軍事的手段の境界は曖昧である。また、非軍事的手段が非暴力的手段であることを意味せず、人道的である訳ではない。敵国社会の強靭性を失わせるために、敵国の国民を精神的に追い込むために用いられる手段だからである。また、本格的な軍事作戦を開始して以降も、敵国社会を精神的に追い込む手段は継続して用いられる。
ハイブリッド戦では、軍事的手段を用いる前に、そして用いた後にも、対象国を情報的に孤立させ、食料や日用品を含む物資を欠乏させ、電気やガス、水道のライフラインを途絶させ、金融システムや交通システム等の重要インフラを混乱させることによって、社会の不安と不満を煽り、社会を分断し対立させ、あわよくば衝突させるために、ディスインフォメーション・キャンペーンも展開する。社会の強靭性を失わせ、侵略に対抗する国民の意志を挫くのである。