2023-07-28 政治・国際

秦剛外相解任で浮上する3つの可能性 「国より党」政治化する対外政策

© GettyImages 秦剛外交部長

注目ポイント

就任半年余で解任された中国の秦剛外相。後任には前外相で外交を統括する王毅政治局委員が任命されるという異例の人事や、中国外務省ホームページから秦氏の情報が一斉に削除されたことなどから「事実上の更迭」と目されている。健康問題や香港のテレビ局の女性キャスターとの関係を問題視されて調査を受けているといった情報も取りざたされているが、確かな解任理由は発表されていない。前駐米大使でもあり「戦狼外交」の旗手とも目された秦氏。アジア政治外交史の専門家が中国の政治化する対外政策を念頭に、解任劇によって推察される3つの可能性を列挙した。

 

一定程度には存在した揺り戻し

このような「戦狼外交」や外交部への管理統制に向けた動きへの反発や揺り戻しがなかったわけではない。新型肺炎の感染が世界的拡大し始めていた2020年3月中旬、中国外交部の趙立堅報道官が自らのツイッターに、その新型肺炎が米軍によって中国にもたらされた可能性があると書き込んだ。このことが騒動になると、逆に3月下旬には崔天凱駐米大使が趙報道官の見解に反論したとの報道があり、4月上旬には趙報道官が事実上自らの発言を撤回した。だが、結果的に見れば、崔天凱大使のような方向性が主流になっていったわけではない。4月中下旬にはトランプ大統領らの中国批判は強化され、中国側の対米言論もエスカレートしたのだった。

この頃、欧州でも中国による「戦狼外交」への懸念が強まった。例えば、駐スウェーデン大使の桂従友氏のあまりに過激な言動は大きな批判を巻き起こした。桂氏は早くも2018年に中国人旅行者のトラブルをめぐる事件に関するインタビューなどから過激な言動を繰り返したが、これは上記の中国共産党の外交部への管理統制強化の以前から、外交部や外交官たちの中にさまざまな動きがあったことを想起させる。桂大使の言動はその後も強まっていき、スウェーデンの対中認識を悪化させる契機となった。桂大使は2021年秋には辞任を表明、2022年1月に正式離職した。桂氏は現在も外交部の「大使」として国内で業務を続けている。

その後、中国の欧州外交における「戦狼」ぶりはやや低調になったかに見えた。中国からの外交使節が欧州諸国を巡回して、中国のある程度「穏健」な外交を復活させるような動きが2022年後半には多少見られたという話もあった。2023年1月、「戦狼外交官」の象徴のように言われてきた趙立堅報道官がその職を退いたが、失脚ではなく「辺境及海洋事務局副局長」に就任したのだった。

2023年3月、前年秋にすでに外交部長となっていた秦剛は国務委員ともなった。異例の出世である。この時、秦部長兼国務委員は記者会見で「戦狼外交官」という中国外交官への見方を一蹴し、中国の外交官はむしろ「狼と共に舞うのだ(悪人と共にいて常に危険に晒され、身を慎むことが求められる)」と、従来から述べていた持論を展開した。この秦部長の発言が、従来からの外交部への管理体制強化、政治としての外交のあり方への疑義であったかは判然としない。だが、結果的に見て秦剛外交部長は、「戦狼外交」の波を止めることはできなかったようだ。あるいはむしろ、外交部への管理統制は従来以上に強化されたのかとさえ思われる。それは、2023年4月の盧沙野駐仏大使のウクライナ問題をめぐる発言、また同月の呉江浩駐日大使の台湾をめぐる発言などからも予測できよう。

© AFP via Getty Images

盧沙野駐仏大使=2019年9月
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