注目ポイント
就任半年余で解任された中国の秦剛外相。後任には前外相で外交を統括する王毅政治局委員が任命されるという異例の人事や、中国外務省ホームページから秦氏の情報が一斉に削除されたことなどから「事実上の更迭」と目されている。健康問題や香港のテレビ局の女性キャスターとの関係を問題視されて調査を受けているといった情報も取りざたされているが、確かな解任理由は発表されていない。前駐米大使でもあり「戦狼外交」の旗手とも目された秦氏。アジア政治外交史の専門家が中国の政治化する対外政策を念頭に、解任劇によって推察される3つの可能性を列挙した。
外交部への一連の統制強化
世界では「戦狼外交官」のことが議論されるが、「戦狼外交官」が誕生した背景には中国国内での外交部(外務省)の立ち位置の変化、とりわけ中国共産党による管理統制強化があるのではないかと考えられる。習近平政権下の中国では「国家の安全」の論理が強化され、西側諸国が中国でカラー革命(※編集部注・2000年代に旧ソ連の共和国などで独裁的政権の交代を求めて起こった民主化運動の総称)を起こそうとしているという言説が宣伝によって広められている。外国との関わりは強く制限され、管理される。外国、外国人と関わる仕事はむしろ強い管理の下に置かれるようになったのだ。中国の対外政策もまた、国内のそうした状況から強い影響を受け、いわば政治化している。
2010年代末から中国国内で外交部への疑義が強まり管理統制が強化され、特に中国共産党中央紀律委員会が外交部に対して「紀律検査」を行って外交部が批判対象となったことが重要だろう。この結果、外交部の党書記に外交経験のない党組織部副部長の斉玉氏が就任して部内の管理統制体制が築かれた。斉書記は「主題教育専題党課」という学習会を、外交部幹部を相手に連続して実施して思想の徹底を図っている。また斉書記は、『求是』などの党の機関誌に「論文」を発表して自らの外交理念を内外に示しているが、それはまさに習近平氏の政策思想にはめ込められた外交であった。斉書記の描く外交は、まさに習近平政治と一体化した「政治」としての外交であり、また国家というよりもむしろ党のための外交だということになろう。

© REUTERS
詳細はわからないが、こうした状況の中で外交部職員の評価基準も大きく変わったことが想定される。外交部も職員たちも、「愛国的か」「習近平思想に則っているか」が問われるようになったと考えられ、彼らは身を守るためにもそれに即して行動することを求められるようになったのだろう。バイデン政権発足後の2021年3月、アラスカで行われた米中外交トップ会談で、楊潔箎国務委員(当時)や王毅外交部長(当時)がブリンケン国務長官らに対して語った「厳しい」言葉がまさにそうした国内からの視線、習近平政権の党中央を意識した言葉遣いだっただろう。そうした基準に照らせば、楊潔箎氏や王毅氏は「傑出した」外交人材だということになろう。また、日常的にも、外交部報道官はまさに国内向けにナショナリズムを煽り、在外の外交官も国内の外交言説を語るようになった。彼らは世界で「戦狼外交官」と呼ばれるようになった。

© GettyImages