注目ポイント
国際制裁下にあるロシアとイランが、スイスを経由して取引される小麦などの穀物を巡り、協力関係を築いている。人道的理由から容認される取引だが、デリケートな問題を生んでいる。
在イラン・スイス商工会議所のシャリフ・ネザムマフィ会長は5月中旬、ジュネーブで開催された穀物会議「GrainCOM」で、「制裁を受けているからといって、その国から貿易がなくなるわけではない」と熱弁した。「並行輸入システムを備えた『制裁ブロック』が出現している」
ネザムマフィ氏が登壇したのは、イラン穀物市場における課題とチャンスをテーマにした企業経営者向けの講演だった。スイス貿易海運協会によると、世界で取引される穀物の80%は米アーチャー・ダニエルズ・ミッドランド(ADM)、カーギル、蘭ブンゲ、中糧集団有限公司(COFCO)、仏ルイ・ドレフュスという5大穀物メジャーを介し、ジュネーブ地域を経由する。
シリーズ「スイスの対ロシア制裁」
ロシアのウクライナ侵攻を受け、欧州連合(EU)や米国、主要7カ国(G7)はロシアの個人や企業、貿易に対して一連の制裁措置を発動した。スイスはEUと歩調を合わせ、2023年3月に10回目の制裁を加えた。
だがNGOやG7など国際社会からは、スイスは十分な措置を講じていないと非難する声が絶えない。スイスが凍結したロシア資産の金額が小さいとの批判はとりわけ強く、スイスはもっと制裁を強化できるはずだとの声が上がる。
このシリーズでは、スイスが国際基準に適合するためにどのような手段を講じたのか、また、どのような点で遅れをとっているのかを検証する。スイスに拠点を置く商品取引業者に対する制裁や、オリガルヒの資産が制裁をどのようにすり抜けているのかを調査する。
西側諸国が2022年2月のウクライナ侵攻以来ロシアに科した制裁は、世界最大の小麦輸出国であるイランの深刻な不作と相まって、穀物価格を高騰させた。ネザムマフィ氏によると、イランで毎年開催される穀物会議には今年、ロシア企業の出席が急増したという。
イランも1979年以来、断続的に国際制裁を受けている。直近では2006年、ウラン濃縮計画の停止を拒否したことを理由に制裁を科された。
農産物貿易は、人道的理由により国際制裁から免除される。トレーダーらによると、ジュネーブの主要農産物商社や検品企業は皆、ロシアやイランと小麦を売買しテヘランに拠点を維持する許可を得ている。
人道的な制裁免除
イランは2021年の旱魃により国内穀物生産が激減し、不足分を補うために輸入に頼らざるを得ない。ロシアのウクライナ侵攻から数カ月後、イランはロシア産小麦の最大輸入国にのし上がった。銀行や海運会社が国際制裁への対応に手間取りロシアの輸出が一時的にストップしたことが、対イラン輸出の割合を押し上げた。
小麦貿易に対する制裁免除
米財務省は2022年7月、農産物取引に関する一般許可を拡大し、穀物は対ロシア制裁の対象外であることを改めて表明した。食料安全保障に関するファクトシートには、「ロシアによるいわれなきウクライナ戦争が世界の食料供給と価格に及ぼす影響を軽減する」ため、米国が小麦などの必需品を世界市場に投入することを目指していると明記されている。世界的な小麦価格の高騰前の2022年4月に公表された声明では、米国が農産物輸出を阻害する意図はないことも明言していた。
スイスはこれに倣い、2022年8月、人道的貿易に必要な場合にはロシア企業との取引を認めるという新ルールを設けた。連邦内閣はまた、小麦取引に不可欠とみなされる場合、制裁対象企業の資産の凍結を解除する道も開いた。
ロシア政府が輸出ルートの多様化を進めたこともあり、輸出は一部回復した。だが商品追跡会社KPLERによると、イランは今も輸出相手上位3カ国の一角を成す。2021年のロシアの穀物輸出額の15%、2022年は13%をイランが占めた。
これまでイラン国内で小麦が不足した際は、ドイツなどさまざまな国に輸入先を広げた。だが過去2年でロシア依存度は急速に高まり、KPLERによると2021年は輸入量の83%、2022年は72%がロシア産だった。

5大穀物メジャーはこの点について口を閉ざしている。swissinfo.chがADMの活動についてコメントを求めたところ、同社広報は「すべての規制と課せられた制裁を遵守しながら、190カ国以上の作物と市場を繋ぎグローバルに事業を行っている」とだけ答えるにとどめた。