2023-07-19 政治・国際

対ロシア制裁の実行部隊 スイスは3倍増で十分?

© Illustration: Helen James / SWI swissinfo.ch

注目ポイント

シリーズ スイスの対ロシア制裁、 エピソード 4 スイスの対ロシア制裁は不十分、自らロシアに抜け道を提供している―こんな国内外からの批判に対し、制裁の実務を担う連邦経済省経済管轄庁(SECO)は強く反論する。二国間経済関係部部長を務めるエルヴィン・ボリンガー大使がswissinfo.chとのインタビューで、SECO内の人員増強や他局との連携、報道の生んだ「虚構」を説明した。

ボリンガー:制裁の場合は既に税理士と弁護士の双方に報告義務があります。しかしマネロン嫌疑の場合だけはその義務がありません。そこでこれらの士業も該当する法の対象とする取り組みが行われています。また、実質的支配者リスト制度の創設も検討されています。しかしこれらが実現し効果を発揮しても、全ての問題が一気に解決するわけではありません。

swissinfo.ch:制裁を実施した中でスイスに不名誉な報道もありました。資源ビジネスで巨額の富を築いたサン・モリッツ在住のアンドレイ・メルニチェンコ氏は、制裁を科される前に弁護士を通じ「スイスにある資産を放棄する」と発表しました。その資産の受益者となったのはメルニチェンコ氏の妻です。スイス当局は愚弄されたのでしょうか。

ボリンガー:それは虚報です。メルニチェンコ氏がEU、次いでスイスから制裁を受けたのと同様、妻もEU、我が国の順に制裁を受けています。ただし、米英両国はメルニチェンコ氏のみで妻には制裁を科していません。

swissinfo.ch:昨年ジュネーブに設立された会社「パラマウントSA」と「サンライズ・トレードSA」は、制裁としてロシア産原油取引に設けられた価格上限を免れるためのダミー企業だと報じられています。両社についてSECOの見解を教えてください。

ボリンガー:両社については我々も把握しており、既に情報請求を行いました。大切なのは、原油価格の上限設定は輸出入の禁止ではないという点を理解することです。上限の狙いは、ロシア側が利益を上げて戦費に注ぎ込むことを防ぎつつ、世界のエネルギー供給を維持することです。

swissinfo.ch:悪用を招くシステムに思えます。

ボリンガー:このアイデアを出したのはG7です。

swissinfo.ch:パラマウントとサンライズはこのルールを守っているかどうかは怪しく、真のオーナーがロシアである疑いもあります。こうしたケースにはどう対処しますか?

ボリンガー:情報提供義務や相互行政支援に基づく他国との情報交換など、方法はたくさんあります。

swissinfo.ch:資源セクターの企業は、自発的にSECOに情報を提供しなければなりませんか?

ボリンガー:銀行などと同じく、保有資産に関しては報告義務があります。しかし、それ以外にはありません。この点はEUの規則もまったく同じです。EUは取引の文書化も勧告していますが、法的拘束力はありません。スイスも同様の措置をとっています。

swissinfo.ch:制裁違反はどうやって探し出すのですか?

ボリンガー:協力関係にある国々やメディアからの情報などを元に調査を行います。その後、複雑なプロセスを踏みます。

swissinfo.ch:今挙がったのはいずれも外部の情報源です。スイスおよびSECOが非難されるのは、まさにそうした受動的な姿勢です。

ボリンガー:それもまた虚構です。我々はターゲットを絞った上で様々なソースから情報を集めるのであり、他の国でも同じやり方をしています。これはリスクベースのアプローチです。情報や金融仲介業者を残らずチェックすることにはあまり意味がない。誰もそんなことはしません。

swissinfo.ch:メディアは業界関係者に取材をし、航路などオープンな情報を分析します。SECOはこうした仕事はしないのですか?

ボリンガー:我々は企業と接触があり、通関統計やマネロン報告機関に集まる報告書にアクセスできます。金融仲介業者らには、制裁違反はマネロンの前提犯罪になりうるので、報告義務があります。

swissinfo.ch:なぜスイスは国際的な調査機関に参加しないのですか?

ボリンガー:我々は現在、特にEUとは週ベースで数字や文書を交換しており、米国とのやり取りもスムーズです。スイスが正式に国際タスクフォースに参加すべきか否かは、むしろ政治的にどのようなシグナルを発するかという観点から決めることです。

swissinfo.ch:米国の制裁専門家フアン・ザラテ氏は、ロシア資産を全て疑うべしという新たな原則の導入を提唱しています。そのようなアプローチはスイスの法制度と両立しうるのでしょうか。

ボリンガー:そうしたことは基本的権利の重大な侵害に当たります。法治国家ではおよそ考えられません。凍結資産没収の件でも、その点が議論されるでしょう。スイスにとって絶対に不可能だとは言いませんが、それには国際的に合意された法的根拠が必要です。そして、個々のケースで関係者が法的に戦う権利が保証されなければなりません。

この記事は「SWI swissinfo.ch 日本語版」の許可を得て掲載しております。

あわせて読みたい