2023-07-19 政治・国際

対ロシア制裁の実行部隊 スイスは3倍増で十分?

© Illustration: Helen James / SWI swissinfo.ch

注目ポイント

シリーズ スイスの対ロシア制裁、 エピソード 4 スイスの対ロシア制裁は不十分、自らロシアに抜け道を提供している―こんな国内外からの批判に対し、制裁の実務を担う連邦経済省経済管轄庁(SECO)は強く反論する。二国間経済関係部部長を務めるエルヴィン・ボリンガー大使がswissinfo.chとのインタビューで、SECO内の人員増強や他局との連携、報道の生んだ「虚構」を説明した。

swissinfo.ch:スイスは、対ロシア制裁の実行を巡り国際社会から厳しい批判を浴びています。連邦政府はそれらに反論しつつも、連邦経済省経済管轄庁(SECO)の制裁担当者の増員を決めました。SECOにとってこの決定はどのような意義がありますか?

エルヴィン・ボリンガー:SECOがこれまでに導入した制裁パッケージは10件に上ります。これについてSECOにはメール8千件、電話1万件あまりの問い合わせが来ました。さらには欧州連合(EU)や英米との制裁に関する意見交換や連邦議会への動議提出など、業務の量は極端に膨れ上がりました。これら全てにより昨年は人員不足に陥りました。そのため2022年に5人を有期採用し、今回さらに5人増やしました。

swissinfo.ch:つまり、スイスが後手に回っているという批判は当たっていることになりますか?人員増は1年前倒しできたはずです。

ボリンガー:ウクライナ戦争前には24件の制裁パッケージを8人で担当していました。現在は20人強で、その約3分の2が対ロシア制裁に携わっています。業務は、法的助言や問い合わせ対応だけではありません。凍結された資産に関連した仕事も発生します。例えば会社所有者が制裁対象となっても家賃や賃金の支払いは継続する。そうした支払いに逐一SECOからの特別許可が必要となります。

swissinfo.ch:SECOだけで800人、連邦政府全体では4万人以上の職員がいるなかで、対ロシア制裁の担当者は14人。優先されているようにはみえません。

ボリンガー:異なるもの同士を比較しないよう気をつけなければなりません。SECOは、この他にも重要業務を担っています。他国ならば独立の省で対応するような業務です。また、人数だけではなく質も大切です。必要なのはコンプライアンス(法令遵守)の専門家ですが、英国をはじめ他の国でも有能な人材の確保に苦労しています。

swissinfo.ch:それもまた、当局の対応が精彩を欠くという批判を間接的に裏付けます。

ボリンガー:我々の見方は違います。リソースは、他国同様ほぼ3倍に増えました。欧州委員会では約25人が制裁を担当しています。しかも、制裁の実施作業はSECO単独ではなく、国際金融問題局、連邦外務省、金融市場監督機構(FINMA)、連邦検察局、移民事務局など各関係機関の協力を仰いでいます。

swissinfo.ch:SECOの人手不足を他機関が支援しているのならば、既存の構造の外にタスクフォースを作った方がより機敏に動けるのでは?

ボリンガー:問題は、タスクフォースで効率が上がるのか、です。我々はノーだと思います。名称が変わるだけで、中で働く人間は同じ顔ぶれでしょう。

swissinfo.ch:対ロシア制裁は2つの点でスイスに大きな課題を投げかけました。1つはスイスに巨額のロシア資産がある点、もう1つはロシア産資源の大部分がスイスで取引されている点です。どちらがより難しい問題ですか?

ボリンガー:措置が必要なのは両方です。スイスにある資産額については様々に憶測されていますが、制裁の対象ではない資産と凍結資産との区別が大事です。スイスは、数字の公表に関してはおそらく世界でも先陣を切った国です。銀行には凍結義務があり、資産を凍結した上でSECOに報告しなければなりません。

swissinfo.ch:スイスの銀行業界は、マネーロンダリング(資金洗浄)との戦いを通じ大きな変容を遂げました。今、銀行はクリーンだと言えますか?

ボリンガー:そう思います。もちろん、ひとつ残らずクリーンだと断言はできません。しかし、スイスの銀行が非常に慎重になったのは確かです。

swissinfo.ch:制裁対象者の資金はどこに流れ、どこに保管されているのですか?米国、それともアラブ諸国、香港、中国ですか?

ボリンガー:銀行には分かっていますが、SECOでは把握できません。1つ気になるのは、メディアの報道が制裁対象者とその金に偏っている点です。30ページに及ぶ政令には、他にもテクノロジーやサービスの提供禁止や貨物の輸出制限といった措置が含まれ、効果を発揮しています。むしろこちらの方が、ロシアの軍事力弱体化とウクライナ戦争の継続という観点からは、より重要かもしれません。

swissinfo.ch:スイスが犯罪を幇助しているとの批判は常にあります。複雑な資金移動を手引きする弁護士や税理士に対する規制が手薄です。
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