注目ポイント
ロシアのメドベージェフ前大統領が、ウクライナでの核兵器使用を示唆し、あまつさえ広島、長崎への原爆投下にも言及した。被爆者を冒とくするかのような暴言に対し、広島選出の岸田首相をいただく日本政府をはじめ、広島、長崎両市は非難しながらも、抗議を見送っている。不当な発言を唯一の戦争被爆国である日本が黙認すれば、誤ったメッセージとなりかねないという危惧も生じている。
【樫山幸夫の一刀両断】
プーチンも核使用の恫喝繰り返す
野蛮な言動はロシア指導部の専売特許とはいえ、この発言は容赦できない。
メドベージェフ国家安全保障会議副議長(前大統領)が、ウクライナへの侵略戦争に関して「直ちに終わらせることができる。講和条約を結ぶか、1945年に米国が広島、長崎に原爆を投下したと同じことをした場合だ」と語る動画をSNSに投稿した。

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ウクライナと、それを支援する米国など西側各国に対する示威とみられる。
メドベージェフ氏は2023年1月にも、「通常戦力で核保有国を敗北させれば、核戦争を引き起こすリスクが高まる」と述べて、武器供与を続けるNATO(北大西洋条約機構)各国をけん制した。
同氏だけでなく、プーチン大統領自身、2022年2月24日の侵略開始以来、同様の発言を繰り返している。
「ロシアは核兵器を保有する大国だ」(侵攻開始当日)、「われわれは他国にない兵器を持っている。必要に応じて躊躇せず使うだろう」(22年2月27日)などだ。
23年6月にはベラルーシへの戦術核兵器の配備が始まったことを明らかにし、米国はじめNATO各国を威嚇した。

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原爆犠牲者への冒とくだ
しかし、「広島」「長崎」とはっきり言及した今回のメドベージェフ発言は、「言葉が過ぎた」などというレベルにとどまらない異常さだ。

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罪もない多くのウクライナ国民を殺傷したうえ、数十万人の生命を奪った広島、長崎への原爆投下を引き合いにだして恫喝するというのだから、ウクライナの犠牲者、原爆で亡くなった人たちの尊厳をも傷つける蛮行というべきだろう。
市井のゴロツキならともかく、大国の指導者の地位にあった人、いやそれ以前に、血の通った人間から発せられる言葉とは到底思えない。
前大統領は大統領時代の2010年11月、旧ソ連・ロシアの元首として初めて北方領土の国後島に上陸したことがある。首相に転じた2か月後の12年7月にも国後島、15年8月には択捉島を訪問、「一寸たりとも(日本に)渡さない」と強弁、日本に対して強硬姿勢を見せた経緯がある。

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不可解な政府、両市の沈黙
不可解なのは、暴挙に対する日本側の態度だ。
一部メディアは報じたが、大新聞はほとんど無視した。取材していないのか、何らかの理由で記事掲載を見送ったのか。
各国が核実験を強行した場合など、必ず抗議電報を打ってきた広島では、松井一實市長が7日の定例記者会見で非難。「〝ヒロシマの心〟を踏みにじっている。さきのG7サミットでの『広島ビジョン』は、核兵器を使用せずに保有することで安全保障を組み立てる考え方だが、核を脅しに使う指導者がいる限り、核抑止論は成り立たないことを示した」と述べ、各国に核の全面的な廃絶を求めた。

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