2023-06-21 政治・国際

緊張から“対話”重視へ⁈日米中関係と台湾−2010年代からの変容と現在

© POOL/AFP via Getty Images

注目ポイント

台湾問題や先端半導体技術の規制を巡って米中関係が緊張の度合いをたかめるなか、ブリンケン米国務長官が6月18日から2日間の日程で訪中。秦剛国務委員兼外相をはじめ中国共産党外交部門トップの王毅政治局員、さらに習近平国家主席と会談した。約5年ぶり米国務長官の訪中で、ブリンケン氏は両国の意思疎通の維持の重要性を強調し、秦氏をワシントンに招待。秦氏も「適切な時期に」と応じたが、中国側が「核心的利益中の核心」とする台湾問題では平行線をたどったとみられる。アジア政治外交史が専門の川島真・東大大学院教授が日米中関係と台湾について、近年の変容ぶりをまとめた。

日中・米中関係の異なるリズム

中国が対外協調を旨とした「韜光養晦」政策を修正し始めたのは胡錦濤政権(2002~2012年)の後半であった。対外政策の理念は言葉の上でも調整され、具体的な行動も「強硬」になり、東シナ海、南シナ海は緊迫の度を増した。この胡錦濤政権後半から末期にかけての変化に日本側は強く反応した。また、2012年9月に尖閣諸島の一部私有地を日本政府が国有地化すると、中国が強くこれに抗議して、日中関係は暗礁に乗り上げた。この2012年秋に成立したのが習近平政権である。習近平はもはや「韜光養晦」という言葉を使わなくなった。

日中関係が悪化したこの時期、日本では中国の対外姿勢の変化について多くの議論がなされた。しかし、2009年に成立したオバマ政権は全くそれに取り合わなかった。それどころか、オバマ大統領は中国に対してG2論を提起し、温家宝に断られる一幕があったほどだ。習近平政権が成立しても、オバマ政権の対中姿勢は基本的に変化がなかった。習近平政権の成立と相前後して2012年12月に誕生した第二次安倍政権は、2014年1月から対中関係改善に踏み切り、同年のうちに尖閣諸島問題などに関する「四項目合意」を中国との間で取り交わし、首脳会談を実現した。日本の対中世論は極めて悪いが、それでも6割以上が日中関係は日本に重要だと答える。安倍政権はその世論に応えた、ということでもある。

© GettyImages

中国の軍艦が尖閣諸島付近の海域に進入したことに対し、岸田文雄外相(当時)が東京に記者会見をした=2016年6月10日

アメリカの対中認識に変化が生じ、従来からの対中エンゲージメント政策が放棄されていくのはその後のことである。南シナ海、サイバー攻撃などをめぐる合意を中国に反故にされ、2017年秋の第19回党大会で習近平が明確に2049年までにアメリカに追いつくという政策を示し、2018年春に憲法を改正して国家主席の任期を撤廃すると、いつかは中国も既存の秩序の側に来ると「信じる」、アメリカのエンゲージメント政策は大きな壁に直面し、米中「対立」の時代に突入する。しかし、2018年に成立したトランプ政権のペンス副大統領がハドソン研究所で中国を強く批判する講演を行なった同年10月、安倍晋三総理は中国を訪問。対中関係の改善を印象付けた。

第二次安倍政権は世界第二位の経済大国として軍事力を拡大する中国に対し、軍事力を増強し、日米同盟を強化する姿勢を示して「安保法制」を成立させ、さらにインド太平洋構想を提起して地政学的な対中牽制の枠組み形成を目指したが、他面で国際的枠組みから中国を排除することは避け、中国との二国間関係についても関係改善を進めたのだった。そしてそれは、アメリカの対中政策とはリズムの異なるものだったのである。ただ、その関係改善は、極めて悪化したその関係を首脳交流ができる程度にまで「正常化」させるという意味での関係改善であった。

⎯  続きを読む  ⎯

あわせて読みたい