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米ハリウッドで映画・テレビの1万1500人の全米脚本家組合員が今月2日、大規模なストライキを決行してから10日。動画配信サービスの普及に伴う待遇改善を制作会社側に求めた交渉が妥結に至らず、スト長期化による経済活動への影響は必至だ。一方、脚本家たちにとっては、AI(人工知能)に仕事を奪われるという死活問題が新たな懸念材料になっている。
約15年ぶりとなる全米脚本家組合(WGA)による全面ストは、「サタデー・ナイト・ライブ」など数々の人気番組の制作に大きな影響が出るとみられる。2007~08年に行われた前回の全面ストは100日間にも及び、〝映画の都〟ハリウッドがあるロサンゼルスの地元経済は、推計で21億ドル(約2900億円)の損失を被ったとされる。
そんな中、WGAが制作会社側に提出した要求リストには、機械学習を用いて適切な回答を自動的に提示するAI(人工知能)チャットボットを使用せず、「脚本の執筆や編集は人間だけに限る」というものも含まれているという。
これは、今話題を集める「チャットGPT」などの人工知能が急速に進歩し、人間に代わって人気ドラマを執筆するという近未来を想定しての要求だ。
だが、英紙フィナンシャル・タイムズは、実際にAIが作家の代わりをできるかというと、「その可能性はまずない」という。視聴者をひきつけるドラマを作り、エピソードを構成し、セリフに磨きをかけるには、多くの専門知識が必要だからだ。経済専門家が予想する「将来、AIにより仕事が奪われる職業」に脚本家の順位は高くない。
米金融大手ゴールドマン・サックスによると、エンターテインメントとメディアは影響を受ける可能性が高い業界の中間に位置し、上位は行政と法務。だが、ハリウッドが依存する脚本家を脅かす域にAIはまだまだ達していないという。
同紙はWGAのストライキが、より広範なビジネス現象を反映していると分析。ハリウッドでは高い報酬が最上位のごく一部の脚本家に偏っていることや、見習い作家の責任が増大している反面、従来あった昇進への道筋が閉ざされていることだ。
米メディア・エンターテインメント大手NBCユニバーサルの元CEO(最高経営責任者)ジェフ・ザッカー氏はフィナンシャル・タイムズ紙に、「過ぎ去った時代の痕跡」についてこう語った。ハリウッドではドラマ制作のために多くのパイロット版を発注し、その中の一部をシリーズ化し、さらにそれらを選別していくという業界の伝統があったと説明。
それは〝贅沢な伝統〟だったが、20話以上のシリーズを担当する脚本家に安定した仕事を提供し、ケーブル局などでの再放送から発生する著作料もあった。人気脚本家のもとには多くの見習い作家たちが雇用され、彼らは脚本の起草だけでなく、制作中の書き直しを任され、撮影現場では番組がどのように作られるかを学んだ。