注目ポイント
世界で何百万人もの人々が氷河湖決壊による洪水の脅威にさらされている。温暖化で増大するリスクを軽減するための研究や対策が進むが、予測は困難だ。

3月末にスイス、インド、中国、日本で同時開催された「グローバル・サイエンス・フィルムフェスティバル他のサイトへ」で、独語圏スイス公共放送(SRF)の科学情報番組「アインシュタイン(Einstein)」のドキュメンタリー「氷河深部への探検(Expedition Deep into the Glacier)」(2021年1月21日放送分)が上映された。
同上映会のバーゼル本会場に専門家の1人として招かれた上海交通大学のシュグイ・ホウ(侯书贵)教授(氷床コア・地球変動科学)は、スイス中西部ベルナーオーバーラントの氷河湖決壊による洪水のシーンに心を動かされた。下流の渓谷が洪水に巻き込まれる光景が、チベット南東部ニェンチェンタンラで起きた洪水の惨事と重なったからだ。2020年6月26日に、村人らが川の上流付近で薬草を摘んでいると突然、決壊した氷河湖から大量の水、氷、岩が一体となってなだれ込んできた。
上映後の専門家によるパネル討論会で、侯氏は次のように説明した。氷河湖を取り囲む氷、あるいは堆積した土と岩は自然のダムの働きをしている。だが不安定なため、大雨、雪、氷雪崩などで氷河湖の水位が上昇すると決壊し得る。この「氷河湖決壊洪水(Glacial Lake Outburst Floods、GLOF)」と呼ばれる現象はあまり知られていないが、山岳地域に潜む重大な脅威だ。
チベットで起きた洪水では、信じ難いほどの勢いで水が噴出した。災害後の推定他のサイトへによると、氷河湖からのピーク時の水の流出速度は毎秒平均5602立方メートル(オリンピックプール2.3個分)。幸い死者は出なかったが、猛烈な洪水は家、農地、道路、橋などを一気にのみ込んだ。
「こうした災害は何世紀もの間ずっと起こり続けてきた。だが近年は劇的で破壊的な様相を見せ、一般市民や科学者の目に止まるようになった」と侯氏は言う。
既に何百万人もの人々が、このような突発的な災害の脅威にさらされている。しかし、なぜ、どのようなタイミングで、どういう仕組みで起こるかの詳細はまだ分かっておらず、予測はあくまでも憶測の域を出ない。スイスなど複数の地域で、現象の解明に向けた研究が進められている。
「空からの津波」
氷河湖決壊洪水は原理的に以下の仕組みで起こることが分かっている。①気候変動によって氷河が後退する②氷河末端は氷河によって運ばれ堆積した岩や石で丘(モレーン)が形成されている。このモレーンや氷壁が水をせき止める自然のダムとなり、その内側に融解水が溜まって湖ができる③湖が増水して氾濫したり、自然のダムが決壊したりすることで、膨大な量の水が前触れもなく放出される。国連開発計画(UNDP)はこの現象を「空からの津波(Tsunamis in the sky)他のサイトへ」と呼ぶ。