2023-03-19 ライフ

マッターホルンを失っても平気なトブラローネ

注目ポイント

誰かが何かをどれだけ愛していたかは、それを失うとわかったときの落胆の大きさで分かる。米国の菓子・スナック企業モンデリーズ・インターナショナルが3日、山型チョコレート「トブラローネ」のシンボルマークであるマッターホルンを「モダンな流線型の山のロゴ」に変更すると発表したが、同社にとってはそう大きな問題ではなさそうだった。

モンデリーズがトブラローネの包装を変更するのは、製造の一部をスイス・ベルンからスロバキアのブラチスラバに移すためだ。このため「Made in Switzerland(スイス製)」と表記したり、スイスを連想させる記号を使ったりできなくなった。「スイスネス法」は、スイス製チョコレートはスイスの牛が作るミルクだけを使い、スイスで製造されなければならないと定める。

トブラローネは競合他社が似たような山型チョコレートを製造するのを阻止するべく奮闘してきたが、スイスらしさについてはあっさり放棄した。ジャン・トブラーが1899年にチョコレート工場を建設したベルンに固執するよりも、同社が言うところの「パーソナライズされた多様な製品を求める世界的な需要の高まり」に対応するため、ブラチスラバで生産拡大することを選んだ。

これは合理的な感じがする。筆者はトブラローネが好きだが、それがスイス製と意識したことも、マッターホルンについて良く調べたこともない。「キャドバリー」や「スニッカーズ」のように、もう長いことそのルーツから外れてグローバルな製品になった。カカオ固形分28%のミルクチョコレートであるトブラローネを、スイスの高級チョコレートと勘違いする危険もない。

その土地のアイデンティティにこだわり、それを維持・独占するためにあらゆる手段を講じるのは欧州の専売特許だ。フランスのシャンパンやイベリコハムの生産者は「テロワール(土地)」を厳しく保護している。米国はどちらかといえばもっと自由で気楽だ。筆者が初めてフィラデルフィア産「スイスチーズ」を味わった(正確に言えば「味わえなかった」)とき、私はもうエメンタール(訳注:スイスチーズの名産地)にいないことを実感した。

フランスとスイスのグリュイエールチーズ製造業者は今月他のサイトへ、米国の控訴裁判所に認証マークをめぐる訴えを却下されたとき、これが代償であると思い知った。判決はチーズが「スイス・フリブール州のラ・グリュイエール地区を起源とする」と認める一方で、米国のメーカーは独自の「グリュイエール」チーズを作り続けることができるとした。

この判決は、パルミジャーノ・レッジャーノチーズをめぐりイタリアのメーカーが勝訴した2008年の欧州司法裁判所(ECJ)判決とは対照的だ。ECJの判決は、欧州連合(EU)の原産地呼称制度は「パルメザン」という用語に関する権利もメーカーに与えていると判断。独自のラベルを付けて販売していたドイツのチーズメーカーはEU法違反と結論づけた。

地理の問題?

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