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「日本経済新聞」が「(台湾)軍幹部の9割ほどは退役後、中国に渡る」「腐敗が常態化している」などとする取材対象者の証言を連載企画の中で紹介し、「9割」の根拠などをめぐって台湾で同紙に対する批判の声があがった問題。日経新聞は結局「お知らせ」とする短文を掲載し、あくまで「取材対象者の証言」「社としての見解ではない」として幕引きをはかった。だが台湾では現実に軍関係者の情報漏洩事案も起きているだけに、与野党双方にとって政治的に微妙な領域に同紙が立ち入った結果、との見方も指摘される騒動となった。
唐突な印象の短文掲載だったが、証言者の言葉を忠実に伝えた以上、ごくたまに見られる「お詫びと訂正」などではなく、あまり見慣れない「お知らせ」として、台湾社会の強い不満に対し、何らかの意志表示をする判断に迫られたことを印象付けた。
退輔会の馮世寬会長は「これについてはコメントしない」としたものの、「 少なくとも彼(日本経済新聞) は私の発言を聞き届けた」とい言いそえ、一定の理解を示した。
しかし、「取材対象者の見解や意見を紹介したものであり、日本経済新聞社としての見解を示したものではありません」との発言部分について、邱國正国防部長の不満は強く、取材対象者の発言に対する検証不足であり、「たとえ『取材対象者の見解、個人的意見なので新聞社の見解ではない』としたところで、それで済む話ではない」としている。
この騒動に関しては、日本に住む台湾人社会でも議論が白熱。
日本と台湾双方の政治・経済に詳しい東京駐在の30代の台湾人男性会社員は、「日経の報道は台湾の与野党双方の逆鱗に触れたのだろう」と分析している。
「軍の成り立ちに関係が深い野党・国民党側の不満としては、『軍の尊厳を傷つけられ、侮辱された』という思いに加え、『親日色を打ち出す与党・民進党が日本メディアを通じて台湾の軍人を批判している』というように受け止めた可能性もある」と指摘。
同時に「与党・民進党にしても『軍にそうした傾向があったとしても、9割とは誇張が過ぎる』との不満と同時に、『台湾海峡の平和を維持するため与党としても国防には注力しており、米国に対し武器売却を求めていく外交政策上からも、軍への過度な誹謗中傷は看過できない』という思いが立ったのではないか」というのだ。

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たしかに日経の連載企画が始まった直後の3月1日、米国政府は台湾に対する6億1900万ドル(約840億円)相当の武器売却を議会に通知したと発表。台湾の空軍が配備するF16戦闘機への搭載用ミサイルが提供されるが、台湾の与党・民進党にとっても、外交部にとっても、米国に不信感を与える報道であり、「面子を潰された」と感じるタイミングでもあった。
長年、国際報道の現場に立った日本の元全国紙記者も「匿名証言ならば、数字やデータに関する部分はインタビューした側でも根拠が示せるよう検証すべきだった。両岸問題や、台湾社会の複雑さに関するセンシティブな報道の場合はなおさらで、根拠不明な数字は省くか抽象的表現にとどめておくなどの配慮が必要だ」と指摘している。