2023-03-10 政治・国際

訪米で「1歩後退、2歩前進」狙う台湾の蔡英文総統【近藤伸二の一筆入魂】

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注目ポイント

4月上旬に訪米予定の台湾の蔡英文総統は、滞在中、米下院議長との会談やレーガン記念図書館での講演などを調整中だ。実現すれば外交面で与党・民主進歩党の大きな得点となり、来年1月の総統選にも追い風となりそうだ。中国を過度に刺激したくない米側が下院議長訪台を見送ったことを受けての一手で、転んでもただでは起きない台湾のしたたかな一面が垣間見られるとともに、中国側の出方次第では両刃の剣となりかねない側面が懸念される。

一方、蔡氏が訪米してマッカーシー氏と会談すれば、台湾総統が米国で下院議長と会談する初のケースとなる。とはいえ、台湾総統が通過ビザで米国入りし、議員と会うのは珍しいことではない。マッカーサー氏と会談するのも、首都ワシントンのような政治的に敏感な場所ではないため、中国が大規模軍事演習を行う口実にはしにくいとの読みがある。

蔡氏は総統就任以来、「中国を挑発しない」と公言しており、マッカーシー氏に訪台断念を働きかけることで、その姿勢を貫いたとPRすることができる。米国も蔡氏の現状維持路線を評価せざるを得ないだろう。しかも、台湾が主体的に提案することで、住民に対しては「米中という大国のコマにはなっていない」と説得することができる。

マッカーシー氏への配慮もうかがえる。あれだけ訪台を示唆しておきながら実行しないとなると、マッカーサー氏への批判は免れない。だが、自分の地元に蔡氏を迎えて会談するのであれば、メンツを保つことができる。

さらに、蔡氏のレーガン記念図書館での講演も重要なポイントになる。台湾では、1995年に李登輝総統(当時)が母校のコーネル大学で行った演説が、台湾人の思いを世界に訴えかけた歴史的な出来事として語り継がれている。それに匹敵するようなアピール度が演出できれば、蔡氏も総統として李氏と並ぶ評価を得ることも不可能ではないとの計算が透けて見える。

そのような蔡氏の訪米計画について、台湾のメディアは「挑発を避けて責任を果たそうとする蔡氏の態度は、中国に事を荒立てる理由を与えず、米国や国際社会の信頼を勝ち取ることができるものだ。蔡氏は1歩後退することで、実際は台湾を2歩前進させるように見える」(ネットメディア『上報』3月8日)と論じている。

ただし、訪米した蔡氏を米国がどのように受け入れるかによって外交的な意味付けも変わってくるだけに、「米国の待遇を見ないと、今回の訪米が『突破外交』となるかどうかは判断できない」(厳震生・政治大学国際関係センター研究員)との意見もある。

95年の李氏のコーネル大学演説では、中国は台湾近海にミサイルを発射するなど軍事演習で報復し、台湾海峡危機を招いた。今回も中国の対応次第で台湾海峡が緊迫の度を増す恐れがあり、訪米は蔡氏にとって両刃の剣と言えそうだ。

 

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