2023-02-28 政治・国際

T細胞に活! 躍進するスイスのがん免疫治療研究

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注目ポイント

がん治療に革命をもたらすと期待される免疫療法。世界中で研究開発が進む中、治療の効果を大きく向上させるかもしれない方法をスイスの研究チームが開発した。だが患者に届くまでには、まだ時間がかかりそうだ。

がんの治癒は奇跡ではなくなるかもしれない。過去10年間で免疫療法の臨床試験を受けた末期がん患者の多くが、腫瘍の消失または寛解に至っている。免疫療法とは、端的に言えば「自己防御力を後押し」する治療法だ。つまり、患者自身の免疫システムを活性化・強化することにより、がん細胞を認識し、破壊し、あるいは増殖を防ぐ。この点で、がん細胞を直接攻撃する化学療法や放射線治療とは異なる。

様々な実験や臨床試験により、がん免疫療法は生存率を向上させることが確認他のサイトへされている。免疫システムは、がん細胞を見つけて攻撃する能力を一度獲得すると、再発した際にもその記憶を活かして働く。この「免疫記憶」によって、がんから解放された状態をより長期間維持できる。免疫システムのみを標的とするため、副作用が少ないという利点もある。

だが、免疫療法が適用できるがんの種類はまだ限られている。うまくいかないケースも依然として多く、免疫療法に全く反応しなかったり、反応しても効果が限定的だったりすることも少なくないが、その原因はまだ完全に解明されていない。世界中で多様な角度から研究が進む中、解決の糸口になるかもしれない方法の1つをスイスの研究チームが開発した。

短距離走も持久走も

がん免疫療法の効果を下げる主要因の1つはT細胞の「疲れ」とされる。T細胞は白血球の一種で、がん細胞などの異物の認識・攻撃において重要な役割を担う。T細胞はがん組織に集まり、がん細胞を認識して攻撃するが、戦いが続くうちに消耗し、機能が低下する。この「T細胞の疲弊」と呼ばれる現象が治療効果を低下させる。この問題について、連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)のリー・タン准教授(免疫工学・生体材料)は、代謝機能障害が一因だと説明する。T細胞の消耗が再活性化よりもはるかに早く進むため、再びがん細胞との戦いに戻ることができないという。

タン氏が共同設立したバイオベンチャー企業(EPFLスピンオフ)「レマン・バイオテック(Leman Biotech)」の研究チームは、免疫療法薬と一緒に投与することで疲弊したT細胞の再活性化を助ける「ブースター」役を果たす人工タンパク質を開発した。同氏はこの仕組みをスポーツになぞらえて「T細胞の代謝フィットネス」のようなものだとユーモアを交えて表現する。既存の免疫療法は様々な方法でT細胞を刺激し、代謝を促してがん細胞を攻撃させている。それは「ちょうど、100メートルをもっと速く走れるように、レッドブルやカフェイン(などの栄養ドリンクや刺激物)を繰り返し与え続けているようなものだ」と言う。

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