注目ポイント
ウクライナ情勢とともに、「台湾海峡の平和と安定」が世界注視の的となっているが、「台湾有事」は中国にとってかなりリスクの大きな軍事的ギャンブルだ。ただし常に合理的判断が優先されるという保証がないのも事実。有事勃発の場合、離島奪取といった直接的な軍事行動以外にも、「戦わずして勝つ」という認知領域のせめぎ合いをも念頭に置かねばならず、台湾と日米の抑止力整備の重要性は増している。
門間 理良(MOMMA Rira)
台湾海峡をめぐる情勢が大きく動いた2022年
中国による台湾への軍事侵攻(台湾有事)に関する議論が、日本でも2022年から真剣に議論されるようになってきた。2月にロシア・ウクライナ戦争が勃発した。8月にはナンシー・ペロシ米下院議長の台湾訪問終了直後に中国人民解放軍が軍事演習を開始し、台湾を威圧した。これは第四次台湾海峡危機と呼べるものだった。同演習後、中国軍は台湾海峡に設定された中間線を越える飛行を常態化させるようにもなっている。さらに22年ぶり3回目となる「台湾白書」がペロシ氏訪台直後に公表され、中国政府は台湾問題について米国との強い対決姿勢の明確化するとともに、民進党を統一の過程で排除すべき対象とすることを明らかにした。
2023年に入ると、米中関係改善の糸口と考えられていたブリンケン米国務長官の訪中は、中国軍保有と見られている気球の米国領空への侵入と撃墜(2月1日)によって消し飛び、両国の関係は進展していない。中台関係は台湾の最大野党である中国国民党の夏立言副主席が2月に訪中し、中国側の異例の厚遇をもって迎えられた。中国の対応からは2024年1月に実施見込みの台湾・総統選挙において、民主進歩党政権の継続を阻もうという中国共産党政権の意図が透けて見えている。折しも台湾で浸透しつつある「疑米論」(「台湾有事の際に米国が台湾を救援してくれないのではないか」など、米国の意図や行為を疑問視する論調)を加速させようという動きもある。
これら一連の状況を背景にして、日本で「台湾有事」が強く意識されるようになっていった。フィリップ・デービッドソン米インド太平洋軍前司令官やウィリアム・バーンズCIA長官等も2027年までに中国の台湾侵攻の可能性を指摘した。これらに刺激されたのか明日にでも台湾有事が発生するかのような論調を展開する記事も散見される。そのような事態は果たして起こり得るのだろうか。仮に台湾有事が勃発するとして、どのような事態を考えておくべきなのかについて、本稿は簡潔に指摘することを目的にしている。

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成功へのハードルが高い台湾本島侵攻作戦
第一に、台湾本島への侵攻は朝鮮戦争以来の大規模な軍事作戦であり、そのような大掛かりな作戦には周到な準備を必要とする。それは必ず露見することはロシアによるウクライナ侵攻の例でも明らかであることを指摘したい。
第二に、台湾本島への軍事侵攻は中国軍の兵力投射能力や兵站維持の困難さを考えると、現時点では実行不可能であり、無理に実行しても作戦は失敗に終わる可能性が高い。作戦成功がおぼつかない段階で、中国がそれを強行しなければならない理由はない。台湾の政権が突然独立宣言したらその限りではないが、自ら台湾海峡情勢に火をつけて非難され支援を受けられない事態になったときのことを考えると、台湾側がそのような暴挙に出る可能性は極めて低い。他方で、中国が軍の実力に絶対の自信を抱いた場合には、台湾本島への侵攻が現実化する可能性は否定できない。しかし、そうなるまでには一定の時間を要する。中国が軍事力の近代化を概ね達成するとしている2035年や、「世界一流の軍隊」となる今世紀中葉が指標になるだろう。