注目ポイント
「世界に奴隷制度が存在してはならない」ことは、多くの人が同意することだが、実 際には徴兵制度の本質は「合法的」な奴隷制度であり、多くの国で徴兵制度の合憲性 が模索され続けている。台湾では、兵役に関する主な意思決定者であるはずの国会が 、全ての決定を「プロフェッショナル」な国防部に押し付けている。この場合はどの ような問題が発生するのか?
文:陳韋佑・早稲田大学法学研究科公法学博士大学院生
2022年12月27日、蔡英文総統は記者会見を開き、「権威主義国家連合がもたらす民主化への脅威に対抗する民主主義国家連合」という名目で、義務兵役が主体となる常備部隊の創設と、「民間の力を統合」した国家の軍事体制における民間の服従性の強化を宣言した。また、蔡総統は、台湾人の「代々伝わる自由で民主的な生活様式」を保証するためには、2024年から1年制の兵役義務を復活させ、さらに訓練を強化しなければならないと主張した。
これ以降、世間では1年制の兵役義務の復活をめぐって、さまざまな議論が交わされた。しかし、台湾における兵役の期間など、徴兵制度に関する問題を議論するとき、その出発点は常に「国防上の必要性」と「軍事的な配慮」である。社会全体で兵役について議論するとき、たいてい軍事的な必要性が最も重要視されるばかりでなく、唯一の検討事項にされることさえある。
だが、徴兵制度は同時に、国民全体の基本的人権に対する大きく複合的な危害、制限、干渉でもある。徴兵制度の議論に、人権擁護や法治国家に基づく諸原則など、立憲主義の視点が欠落していると、徴兵制度の対象をつまり、国家の主権のために余儀なく人身の自由、思想の自由などの基本的人権を放棄させられ、必要であれば生命までも捧げる、リヴァイアサンの徴兵された人々のようになり、単なる国家活動の対象にされるのである。
国家の公式な宣言を含め、多くの人が「独裁国家から民主的な生活様式を守るために」、兵役義務期間の延長と訓練の強化が必要だと言うが、それは国民全体の基本的人権に対する大きく複合的な危害、制限、干渉を質的にも、量的にも倍増させることを意味する。兵役制度の「改革」が、軍事的合理性のみに基づき、人権擁護や法治主義を欠いたものであるならば、それは「反民主の独裁主義」と大差はない。
以下では、まず基本的人権擁護の軸で徴兵制度の本質を探り、次に兵役に関する政策形成における国会の役割とは何かという問題を、統治機構論の観点から検討する。この文章では、基本的人権の擁護と統治構造論の2つの観点から別々に徴兵制度の問題を検討し、憲法を学ぶ者として提言を行う。
徴兵制度の本質:一種の奴隷制度
「世界に奴隷制度が存在してはならない」-- この命題は、少なくとも21世紀の台湾で生活している私たちにとっては、すでに疑いようのない普遍的な価値観であるはずだ。
市民的及び政治的権利に関する国際規約(ICCPR)第8条には、「何人も奴隷の状態に置かれない」とあり、基本原則である奴隷制度が基本的人権に違反していると宣言している。しかし、第8条第3項は、「何人も、強制労働に服することを要求されない」と宣言しながら、「軍事的性質の役務及び、良心的兵役拒否が認められている国においては、良心的兵役拒否者が法律によって要求される国民的役務」は、規約上の人権侵害となる「強制労働」ではないことを規定している。