2023-01-09 政治・国際

【バック蓬莱】①ツォウ族のおじさんのつぶやき

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注目ポイント

民主化が進むとともに世相も激しく変化した台湾社会。いつの間にか見なくなった日常の光景や人々の交わり方も。仕事や研究活動を通じて長年台湾と向き合ってきた筆者が、ほんの少しむかしの台湾の姿を掘り起こし、振り返ります。

「アンタ日本人か?」九族文化村タイヤル族の施設で、60歳を少し超えたくらいのおじさんに声をかけられた。

1990年4月、台湾出張30回を超えた頃のこと。土曜日午後に台中での仕事を終えると、次のアポイントは月曜午後の台北。日曜日がフリーとなったことから、少し足を伸ばし以前から気になっていた台中郊外・南投県にある九族文化村を訪ねることにした。小学校高学年の頃から「少数民族」や「辺境」、「離島」と言う存在になぜか心惹かれるものがワタシの中に居座っていた。おそらく父方の祖父が奄美の離島出身だったというところに帰結するものと思うのだが。

当時九族文化村へのバスでのアクセスはかなり悪かったが、その分到着した際「やってきた感」に満たされた。当施設は原住民(※)で「高山族」(日本統治時代は「高砂族」と呼ばれた)と包括される人々を部族別にゾーンを区分けし、それぞれの居住空間を再現、生活様式等習俗を動的(人物の配置)・静的(用具等の陳列)に保存するというコンセプトの、いわゆる「テーマパーク」(現在はともかく、当時の施設状況としては妥当な用語とは思わないが、仮にここではそうしておく)だ。

各部族のゾーンを、時間をかけて巡る。配置された人物の衣装は極彩色できらびやか。また生活用具もその部族がどういう狩猟をしているのか、農耕も手がけているのかを物語ってくれる。戦後中国大陸から台湾に逃れてきた「中華民国」政府によって「高山族」と一括りにされているが、それぞれの部族の生活様式は明らかに異なることがわかり、実に楽しく勉強になる。

興味深く見学を続けながらツォウ族(鄒族)のゾーンに入って生活用具を見ていた時、冒頭の言葉をかけられた。振り向くと手作業の手を止めたおじさんと目が合った。「そうです。日本人です」と答えると、「やっぱりそうか。アンタは静かに見ていた。日本人はおとなしい。中国人はうるさくて嫌いだ」と言った。当時中華人民共和国は渡航制限を厳しくかけていた時代。このおじさんの言う「中国人」とは、台湾に居住する、日本統治終焉後に中華民国政権と共に戦後台湾に流れ込んで来た「外省人」を主に指し、また広義には日本統治以前から台湾に居住する閩南系・客家系本省人のことも含んでいると思われる。周囲を見渡し誰もいないことをしっかり確認しておじさんは続ける。「ここでワタシは日本語話すはダメだ。今アンタと2人だけ。だから話す、日本語うまいないけどいいですか」。

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