注目ポイント
正港とは「正統な、本場の」などを意味する台湾語。「あの街の“正港台湾料理店”」は、日本で台湾の食文化にこだわる料理人のストーリーと食を追い求める連載です。第9回目は、住宅地の広がる調布市で20年以上にわたって地元で愛され続ける台湾料理店「マダムリン台北」を紹介する。
京王線の「つつじヶ丘」から徒歩約1分。住宅地に向かう一本の路地を入ると「マダムリン台北」の看板はすぐに目に飛び込んでくる。赤を基調とした外観は、店舗や飲食店などをあまり見かけない住宅地特有の街並みにあって一際目立った存在だ。
店内は親しみを感じるアットホームな雰囲気であり、聞けば、これまで何度もテレビドラマやバラエティの撮影場所としても使われ、今年12月に公開される映画「そばかす」のロケ地にもなるなど、その業界では広く知られた存在なのだ。確かに店内の景色をいろんな画角で切り取ると、いくつもの新鮮な発見がある。でもそれは、わざとらしく作り込まれたスタジオのセットではなく、ありのままに存在する自然体の台湾料理店そのものだ。
お店の開業は2000年。高校1年の時から日本に住む台湾出身の頼俊宏(ライ トシヒロ)さんが、大学を卒業してすぐの時だ。当時、卒業を控え日本での就職も考えていた時に、現在のお店の場所で台湾料理店を営んでいた母親の知人から、この場所を使って新しい店をやらないかという話が持ち上がっていたのだという。どの道に進もうかと悩んでいた頼さんであったが、母親からの勧めもあり、また、いずれ自分の店を持ちたいという思いもあったことから、意を決して開業の道を選んだのだという。
あらためて頼さんにお店の歴史を伺いながら、台湾料理そのものの日本における認識や変遷のようなものも再確認することができた。開店当初、マダムリン台北はその名の通り“台湾家庭料理”を看板に掲げながら、人気メニューの焼き餃子をはじめ、ニラレバ炒めなどといった、いわゆる中華料理のメニューが店の顔になっていたのだという。なぜなら、その当時はまだ日本で、台湾料理というものの認知や認識が定着していなかったからだ。
頼さんいわく、日本で台湾料理が脚光を浴び始めたのは、2011年の東日本大震災の頃からではないかという。当時、被災した日本にいち早く多額の支援金を届けてくれたのが台湾であったことから、日本人の間で感謝の気持ちとともに台湾に対する認識が高まり、旅行やグルメなどをはじめとした台湾ブームが徐々に広まっていったという。お店で本格的に台湾料理をメインに据えるようなったのもこの頃からとのことで、あらためて20年という歳月の重みを感じる。
頼さんにとっての台湾料理のルーツは、台湾生まれのおばあちゃんが代々受け継いできた伝統の味だ。大陸生まれで外省人だったおじいさんとは、作る料理の味も好みも全く異なり、小さい頃からその味の違い身をもって感じていたという。味が濃く油の多い中国料理に対して、おばあちゃんの料理は健康志向で、使う調味料に対しても非常にうるさかったのだとか。当然ながら頼さんの料理もそれらを原点とし、素材や調味料にもこだわった本場台湾の味だ。現在はこれらの本格的な台湾家庭料理をより前面に押し出し、台湾の店というスタンスを一層明確に打ち出しているのだという。