2022-12-06 ライフ

月イチ連載「カセットテープから台湾がきこえてくる」第7回:庾 澄慶『讓我一次愛個夠』

注目ポイント

音楽家でアジアンポップカルチャー研究も行う菅原慎一さんが、台湾を感じられる選りすぐりのカセットテープを紹介する月イチ連載。今回取り上げるのは庾澄慶の『讓我一次愛個夠』。台湾の若者の間では評価が低めなようですが、菅原さんはこの一作との出会いで、音楽をディグする上で大切なことを学んだそうです。

こんにちは。久しぶりにパスポートを手に取ったらまさかの期限切れで、時の流れの残酷さを感じた菅原です。気を取り直していきましょう。今回紹介するのは、庾 澄慶(ハーレム・ユー)の1989年リリース作品『讓我一次愛個夠』です。

ハーレムは哈林(ハーリン)という相性で知られているタレントで、テレビの司会などで活躍しています。台湾のレコードショップや中古CD・カセット店に行くと、必ず彼のアルバムを目にすることができますが、そのどれもクオリティが高く、ハズレがありません。そう、タレントと言いましたが、彼のキャリアはミュージシャンとしてスタートしたんです。欧米のエッセンスをふんだんに取り込んだその音楽性は、台湾の山下達郎とでも呼べるような素晴らしいもの。しかし、どうも台湾の若者の間では、ミュージシャンとしてまっすぐと見られていないみたいです。それどころか、その評価はけっこう低めという印象。それはなぜか? 理由は主に2つ考えられます。

一つ目は、大御所「芸能人」だから。テレビのイメージ、お茶の間(お茶の間という表現は日本独自のもの?)に浸透している人物像が先行して、音楽の人として認識されていない。二つ目は、モノがめちゃくちゃあるから。ハーリンはデビューから1年に1枚のペースでアルバムを15枚以上もリリースしてきました。そしてそのほとんどがたくさん生産・販売されたので、今でも中古品がたくさん出回っていて嫌というほど目に付き、リーズナブルな値段が付けられているので、ブランド的な価値はほぼ無いと思われがち。

僕がこのハーリンと呼ばれている男の音楽をはじめて聴いたのは2018年ごろ。バンドのライブで台北に訪れたときに、現地のレコード事情に詳しい友人から教えてもらいました。中古で探すならここ、というショップリストの一番上に書いてあった場所で出会ったときの印象はこうです。「やたら同じ名前のカセットが棚にあるなぁ」。しかしそれを店主に尋ねると、「彼こそ台湾のポップ王だよ」との返答があったんです。試しに最も売れたというこのアルバム『讓我一次愛個夠』を買ってみると、軽快な中国語がファンキーなビートに乗って歌われる楽曲たちに、ただただ魅了されました。そしてゆっくりと他の作品も買い集めていきました。上述したように、基本的にはどこの店でも入ればモノはあるという状態だったので、揃えていくのは簡単でした。

彼の作品に出会ったことがきっかけで、音楽というのは、それを手にした瞬間に自分の中で市場価値など簡単にひっくり返るんだ、ということを学びました。<知らない>ということがどんなに強く、透明で、重要なものなのか。そしてカセットテープをディグする旅、いや、沼へと、ズブズブいざなわれていったんです。評判や数字に惑わされず、自分の耳だけを信じて、よいと思ったものをまっすぐによいと思えることは難しいですが、ハーリンは僕に教えてくれたのです。彼がタレントだろうがミュージシャンだろうが、僕には関係なかったんです。

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