注目ポイント
中国が圧力を強める中で行われた台湾の統一地方選は、与党・民進党が記録的な大敗を喫し、蔡英文総統は責任を負って党主席(党首)を辞任した。だが総統選や、国会議員に相当する立法委員選とは違い、外交・安全保障問題は争点とはならず、経済政策など内政面で課題山積の与党に対し、各地の有権者が「ノー」を突き付けたかっこうだ。台湾の選挙に詳しい東京外大教授、小笠原欣幸氏が今回の台湾・統一地方選を総括した。
勝敗を決めた要因は基本的に地方の文脈の中にある。
国民党は現職の県市長を11人抱え、その多くが施政面での満足度が高く、再選に有利であった。一方、民進党は現職が3人だけで、スタート時点から不利があった。
選挙の争点はそれぞれ地方ごとにあり、候補者が掲げた政策としては交通改善、子育て支援や高齢者への福利、生活環境をめぐるものが多かった。中台関係はまったく争点になっていなかった。
地方選挙では,「台湾のあり方」「統一/独立」という大きな問題が争点化しないため、候補者の資質・好感度は特に重要になる。選挙戦を振り返ると,民進党は候補擁立の時点でつまずき、それが最後まで響いた。
劣勢の民進党は巻き返しのために「抗中保台」(中国に屈せず、台湾を守る)のスローガンを選挙戦後半で多用した。しかし、国民党候補は軒並み「地方選挙なのに対中政策を持ち出している」と批判し,中間派の有権者の中にも,政権与党が無理に争点化しようとしている印象ができた。政権与党の選挙戦略は空回りした。
与党候補が出遅れた台北市長選
今回注目を集めたのは台北市と桃園市であるが,その両方で民進党は失敗があった。
台北市で民進党はコロナ感染対策で評価された陳時中氏(前感染対策指揮センター指揮官)を擁立した。しかし,選挙活動は7月に正式出馬を表明してからようやく始まった。コロナの感染状況を見極めるため出馬表明が先送りされたのである。
一方、国民党の蒋萬安氏は比較的早くから国民党公認候補になると見られ、活発に事前活動を進めていたから、陳時中氏には出遅れ感があったし、出馬声明を引っ張ったため新鮮さが薄れ、優柔不断の印象が生じた。
陳時中陣営は選挙戦で細かな失敗が相次いだ。陣営のイメージ宣伝戦略は的を外していたし,陳時中氏が初めての選挙で慣れていなかったこともある。陳時中氏の不用意な動作がことさら大きく取り上げられ、相手陣営の攻撃材料にされた。そのネガティブキャンペーンのやり方は国民党も民進党も同じであり、脇の甘さをもっと注意しておくべきであっただろう。
コロナ感染の最初の2年間、台湾のコロナ対策は世界的評価を受けた。それを指揮した陳時中氏への評価は台湾全体で見ればいまも高い。ところが、台北市は政治意識という点で台湾の他の地域とかなり違いがある。陳時中氏のコロナ対策やワクチン政策に対し、台北市民の評価は台湾全体の評価よりかなり低いことは以前から世論調査で示されていた。このギャップを軽視したことが民進党の失敗につながった。

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