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李永得文化部部長は名称変更について、そこには少し誤解があったと説明。安平古堡内の「台湾城跡」と「熱蘭遮城の城壁と城内遺跡」が、元は同じ遺跡であることが分かったため、今回、2つの古跡の名称を統合して「熱蘭遮堡」とすることになったが、これは安平要塞の名称が変更されることを意味するものではない。
台南で国定古跡に指定されている「安平古堡」は、名称が変更される噂が流れていた。聯合新聞によると、文化部文化資産局はこのほど、文化審議委員会を経て、安平古堡内の2つの建造物を国定古跡に決定した。「台湾城跡」と 「熱蘭城壁及び城内の遺跡」を1つにまとめ、「熱蘭遮堡」と改称。この2つの建造物はそれぞれ1983年と2004年に建立され、近年の新しい研究により、どちらもオランダが建設した熱蘭遮堡の一部であることが確認された。
オランダ人はもともとこの要塞を「ゼーランディア要塞(Fort Zeelandia)」と呼んでいたが、台南市安平にあることから「安平古堡」と呼ばれるようになった。中央通信社の報道によると、台南市政府文化局の葉澤山局長は、2つの国定古跡とその他の遺跡を1つに統合し、「熱蘭遮堡」と名づける意向を確認したという。葉氏によると、「熱蘭遮城」という名称を、都市名と混同している学者もいたため、軍事施設をコンセプトとした「熱蘭遮堡」に変更し、関連するソフト・ハードの設備や広報物などは、文化部からの発表後に調整するという。
「安平古堡」はもともと古跡の正式な登録名ではなく、時代の変遷や地域の発展という意味も持っている。古跡の名称が変わっても影響はなく、長年の使用実績から当面はこの呼び方を変更する予定はないとのこと。
しかし、このニュースが伝えられるや否や、台南市議会の国民党派は直ちに民進党を批判したという。聯合新聞によると、国民党の蔡淑惠副書記は「安平は台南の文化的象徴であり、精神的指標であり、歴史的トーテムである」と述べ、「台湾で最初の街道は安平にあり、安平の歴史的地位はどの地区も代替できない」と話した。「民進党はなぜ安平古堡をオランダ植民地時代の熱蘭遮堡に改名したいのか?台南人の安平に対する気持ちは尊重されているのだろうか?」と批判した。
国民党の王家貞氏は、台南人の歴史の記憶と安平古堡と安平地区の感情やアイデンティティは深くつながっているのに、なぜ民進党は植民地時代の不快な歴史を思い起こさせトラブルを招こうとするのか、不思議に思っているようだ。「安平古堡を熱蘭遮堡に変えるのは、他にお金を使う場所がないからなのか?」とも。
一方、中央放送の報道によると、李永得文化部部長は、安平古堡の呼び方について、次のように述べた。安平古堡内の「台湾城跡」と「熱蘭遮城の城壁と城内遺跡」が元は同じ遺跡であることが分かった。そのため、今回、2つの古跡の名称を統合して「熱蘭遮堡」とすることになったが、これは安平要塞の名称が変更されることを意味するものではなく、2つは関係のないことである。