2022-11-06 ライフ

連載「あの街の“正港台湾料理店”」第5回:呉さんの台湾料理(東京都杉並区)

注目ポイント

正港とは「正統な、本場の」などを意味する台湾語。「あの街の“正港台湾料理店”」は、日本で台湾の食文化にこだわる料理人のストーリーと食を追い求める連載です。第5回目は、料理人としての道を真摯に追求してきた、台湾出身の呉瑞榮(ウー・ジェイロン)さんが生み出す本格的台湾料理の「呉(ウー)さんの台湾料理」を紹介する。

JR荻窪駅から徒歩5分。住宅街に向かう路地に構える「呉(ウー)さんの台湾料理」は、一見洋食レストランをも思わせるような外観だ。店内に入ると、まず木製の大きなカウンターが目に飛び込み、メニューがびっしり書き込まれた正面の大きな黒板は、フレンチかイタリアンのお店をイメージさせる。また、呉さんと親交のある東京芸大の学生さんが書いてくれたという黒板の「台北101」と「九份」のデザイン画や、壁に飾った台湾原住民のイラストも、どこか斬新さを感じさせてくれる台湾ディスプレイだ。

広々としたカウンター席。カウンター越しに見る呉さんが腕を振るう姿も料理への期待感を高めてくれる。

台湾出身の店主の呉さんに、あらためてお店の歴史や料理について伺うと、そこには料理人としての呉さんの人生そのものがあった。かねてから台湾出身の知人に「台湾料理とは?」と尋ねると、たいていの場合は、出身地域の伝統的な郷土料理や屋台料理。また幼い頃から慣れ親しんだ家庭の味というのが一般的な答えであった。しかし呉さんにとっての台湾料理には全く違う原点があったのだ。

明るい笑顔で自身のストーリーを語ってくれた呉さん。荻窪に店を移し、仕事以外の時間も楽しめたらと語る。

本当は軍人になってパイロットになりたかったという呉さんであるが、幼い頃に両親を亡くし、衣食住の不安を抱えながら、17歳の時に飛び込んだのが料理の世界であった。なぜならそこでは食べることには困らないからだ。ある意味生きるための手段として始めた料理であったが、続けるうちにだんだん楽しくなって、四川や香港料理なども含め、ありとあらゆる料理の奥深さを学びながら、その世界に没入していったという。その時々で求められる料理を試行錯誤し、さらには、より多くの料理理論を身につけるため、日本の料理学校にも通ったのだとか。

何度か日本と台湾を行き来しながら、友人との共同経営でお店を出店した後、初めて自身で独立した店舗を開業したのが1998年、呉さんが40歳の時だ。「呉さんの厨房」という店名で新宿御苑に開業したその店は、ビジネスマンで賑わうオフィス街にあり、料理の味の良さが評判となって大繁盛だったという。しかし、12年ほど懸命に働いたある朝、突然右半身が激しい痛みとともに全く動かない状態になってしまったのだ。当初は全く原因も分からず途方にくれたとのことであるが、ランチタイムだけでも130〜150食の料理を毎日一人で作り続けてきた無理がたたり、筋肉の癒着が起こってしまっていたのだ。そこで止むなく店を閉め、3年間のリハビリ生活に入ったのだという。

店の側面にもメニューがびっしり書かれた黒板。東京芸大の学生さんが書いてくれたイラストが店のあちこちに。

ようやく身体も回復してきた呉さんが再稼働の場所として選んだのが、都会の喧騒を離れながらも交通や生活に便利な荻窪だ。店名も「呉さんの台湾料理」とあらため、宣伝や広告も一切せずにオープンしたという。当然ながら当初は来客もなく閑散とした状態だったとのことだが、新宿御苑時代のお客様が“呉さん”の名前を探して訪ねて来てくれるようになり、そこからは人から人へと口コミが広がって、今ではたくさんのお客様が呉さんの味を求めてやってくる。

その日のオススメを聞きながら注文するのも楽しみの一つ。ちょっとしたわがままにも応えてくれる。

呉さんいわく、「口コミで来られた方は、料理名を名指しで注文されるのですぐにわかります」とのことで、お客様が口々に語るのは“やさしい味” “間を空けずに毎日でも食べたくなる味”なのだという。「お客様の笑顔が、何よりの原動力」という呉さんは、料理は進化するものだとも語る。それは、お客様の満足を求めていくと、それに合わせて料理の味も日々進化していくということなのだろう。そんな呉さんの料理人魂は、まだ万全ではない身体を労わりながらも、料理には全精力を集中できるようにと、木曜から日曜までの週4日営業にしていることや、あえて視覚的なインパクトのある写真を使わず、料理の味そのものを楽しんでもらえるように手書きの壁メニューにしていることからも、しっかりと伝わってくる。

メニューに使われる写真は最小限。手書きのイラストメニューは味への期待感や想像力を高めてくれる。

同じ台湾料理でも各家庭の味や、作る人毎にオリジナルのレシピがあるように、ここで供される料理はすべて店名が表す通り、“呉さん”という生粋の料理人が創り出す、ここにしかない固有のオリジナル台湾料理なのだ。そんな味を求めて多くのファンがこの荻窪にやってくる。これからも料理の味と同様にご自分の身体の調子にも十分に留意して、呉さんの優しい笑顔とともに、このやさしい味をずっと作り続けていってほしい。


店名:呉さんの台湾料理

住所:東京都杉並区天沼3-1-5
TEL:03-3393-1068
営業時間:木~日曜 ランチ11:30~14:30(14:00 LO)、ディナー17:30~22:00(21:30 LO)
定休日:月・火・水曜

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