2022-11-20 ライフ

月イチ連載「尾崎世界観 東京湾のそこから」第二回:地下のライブハウスから聴こえる臭いをともなった音の切実さ

注目ポイント

クリープハイプのフロントマン・尾崎世界観さんが台湾の音楽について綴る連載第2回。

この原稿を執筆するにあたり、Spotifyで台湾のバンドを検索しては、手当たり次第に聴いている。一つ選んで聴き出せば、その下にズラリと並ぶ関連バンドを指でタップするだけで、次々に新しい音楽と出会える。つくづく便利な世の中だけれど、やっぱりまだ、そのことをどこか不思議に思う。そうした便利な発見の中で、様々な台湾のバンドを聴きながら、ふと懐かしい熱を感じた。詳しく調べてみると、それは非人物種というバンドの「擺渡人」という曲であることがわかった。

それまでに聴いたバンドの音とは明らかに何かが違っていて、さらに聴いていくうちに、音に臭いが混じっていることに気がつく。
湿り気のある、暗くて汚れた臭い。

その臭いを自分はよく知っている。地下のライブハウスに蠢く無数の人の頭。突き上げた拳と拳の隙間からやっと見えるボーカルの顔。やや的外れな照明の明滅。獣に似た観客の絶叫と拍手。それらを呼び起こす臭いだ。

そしてそれを想起させる音は、たとえサブスクリプションサービスを介していても、まだ生き生きとしている。

フロアから離れても、地下へと続くライブハウスの階段にまで響いてくる。それこそがバンドの音だ。

所属事務所がライブハウスを経営しているため、事務所の地下にあるライブハウスからは、その日の出演バンドの演奏が振動をともなって頻繁に聞こえてくる。これがもう、とにかくうるさい。音そのものというより、音の質からしてまるで違う。ライブハウスでライブをする際、バンドの音は、そうして漏れ出す時にこそ真価を発揮するのだと思う。何かに遮られたり、閉ざされたりしても、その音は光る。

顔出しをせず、ライブ活動もしない。そうしたアーティストが珍しくなくなった今だからこそ、そんな音はより深い意味を持つはずだ。
ガラガラのライブハウスで、重い扉に遮られて、それでも出さずにはいられない切実がある。

非人物種の「音」を聴いて、そのことを改めて実感した。
 

非人物種

*【非人物種】2001年結成、4人組台湾インディーズバンド。男気があふれるパワフルなサウンドと台湾式のユーモアがあるステージでファンの心を掴んでいる。

 

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