2022-10-15 ライフ

連載「あの街の“正港台湾料理店”」第3回:合作社(東京都新宿区)

注目ポイント

正港とは「正統な、本場の」などを意味する台湾語。「あの街の“正港台湾料理店”」は、日本で台湾の食文化にこだわる料理人のストーリーと食を追い求める連載です。第3回目は、留学生として日本にやってきた黄璽安(コウ ジアン)さんが自身で事業を立ち上げ、本物の台湾の味を日本でも広めたいと開業した「合作社」を訪れた。

ユニークな顔のデザインがトレードマークの「合作社」は、新宿駅と新宿三丁目駅の間に位置し、細い間口ながら様々な飲食店が立ち並ぶエリアで独特な雰囲気を醸し出している。開店時間の昼12 時になると、開店を待ちわびたかのように、次から次へと若い女性を中心に来店が相次ぎ、カウンターがメインの細長い店内はたちまち満席となる。

開店と同時に満席になる店内。ランチタイムにはテイクアウトでの利用客も後を絶たない

提供するメニューは、ジーロー飯やルーロー飯、台湾バーガーといったソウルフードともいえる台湾グルメをはじめ、揚げ物からドリンク、スイーツにいたるまで実に40を超える豊富なメニューを揃え、店内飲食はもちろんのことテイクアウトにも対応している。店内の来客者同士の会話がほとんど台湾語であることも、いかに本場の人たちの舌をも満足させているかがうかがえる。

台湾の王道グルメから即席グルメ、季節を楽しむスイーツにいたるまで味覚と視覚で楽しめるバリエーション豊かなメニュー構成。

オーナーの黄さんが日本にやってきたのは2015年。当初は留学生としての来日であったが、自分自身の人生や将来のキャリアを見つめ直し、自らの力で事業を起こすことが最も価値ある選択であると一念発起。2017年に自身初のタピオカ店をオープンし、事業の第一歩を踏み出すこととなる。

台湾ブームという言葉にも象徴されるように、料理やスイーツをはじめ様々な台湾文化が日本でも注目されつつある中、黄さん自身が一番違和感を感じていた点は、台湾料理と名のつく店舗は多数あれど、自らが幼い頃から慣れ親しんだ本物の台湾料理にはなかなかめぐり会えないことだったという。そこで第二の事業として、兼ねてから構想していた本物の味を追求した台湾料理店の開業に踏み切ったと語ってくれた。

仕込みから店の切り盛り、さらには新店舗の開店準備まで、フル回転で明るい笑顔を振りまくオーナーの黄さん。

台湾の小中学校で文房具や日用品、軽食などを販売する購買部を意味する「合作社」を店名に選んだのも、台湾人なら誰でも当たり前に親しんでいる食事や文化を、日本の人にももっと知ってほしいという願いが込められているという。

店のオープンは2021年6月。コロナ禍の真っ最中であったため当初は不安もあったとのことだが、まずは日本に住む台湾人の間で評判となって順調なスタートが切れたという。今では自然と日本人の間にも話題が広がり、わざわざ遠方からもこの味を求めてやって来てくる人や、様々な国のお客さんもたくさん足を運んでくれるようになったと嬉しそうに語ってくれた。「広告や宣伝には一切お金をかけない」という黄さんであるが、精魂込めたその味が、人々の心を動かし、共感の輪となって広がり続けている証であろう。

日本語で「頑張らずして勝てない」という意味のバックプリントからも、お店の心意気が伝わってくるようだ。

自らの腕を奮って料理を振舞ってくれた料理好きの父親の影響で、幼い頃から台所に立ち、伝統的な台湾の味を自らの舌と腕に刻み込んできたという黄さん。その味へのこだわりは半端ではない。食材選びはもちろんのこと、味の決め手となる調味料に関しては一切妥協しないとのこと。使用する醤油ひとつにしても、台湾現地の数ある銘柄をすべて試し、“これだ”というもの以外は絶対に使用しない。さらには毎日の朝の仕込みで、少しでも“違う”と感じたものは、迷いなくすべて廃棄し、一から作り直すのだという。本取材で同行した台湾出身のカメラスタッフが一口食しただけで、「この味です。感動しました。美味しい」と連呼していたのを見るにつけ、本場の人の心をも捉えて離さない味なのだと実感する。

黄さんのレシピは、妥協のないこだわりの味として、すべての調理スタッフにも伝授されていく。
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