2022-10-14 観光

肉圓に秘めた町の物語

© 台湾光華雑誌より

注目ポイント

「肉圓(バーワン。肉餡を澱粉粉の生地で包んだ料理)は揚げたものと蒸したもののどちらが好みか。ソースは濃厚なものとさっぱりしたものの、どちらが好きか」——肉圓の好みから、台湾人の出身地域が推測できる。肉圓を食べ終えたら、その椀に四神湯か豚骨スープを入れてもらい、器に残ったソースとスープが溶け合ったところを味わうというのが通の食べ方だ。

完成した彰化県北斗の肉圓。

文・謝宜婷 写真・林格立 翻訳・山口 雪菜

肉圓(バーワン。肉餡を澱粉粉で包んだ料理)が生まれたのは彰化県の北斗である。清の時代に重要な内陸港だったここは、南北の物資の集散地で、乾物も豊富だった。地域の人々は同じ信仰をもって神明会を組織し、故郷の軽食「粉丸」を作った。それが現地でしだいに発展し、現在の肉圓になったのである。

肉圓にはシイタケが入っていることも多い。

肉圓の皮と餡とソース

北斗と彰化市内の肉圓はどちらも油で揚げたものだが、揚げ加減が違う。北斗のものは先に蒸してから揚げ油に入れ、低温の油の中をじっくり泳がせ、火が通って浮いてきたら、取り出して押して油を切る。皮はつやつやしている。彰化市内の肉圓は高温の油でからっと揚げるので、皮はサクサクしている。

外観を見ると、北斗の肉圓には指でつまんだ跡がある。餡を包む時、型に澱粉粉の生地を入れ、餡を入れて再び生地を入れて押し、手でつまんで取り出して蒸篭に入れるからだ。彰化市内のものは餡を椀に入れて蒸す。

北斗肉圓の餡には角切りのタケノコが入っていることが多い。店によって蒸したものや炒めたものが入っている。タケノコの生産量が少ない時は代わりに大根を入れることもある。豚肉は弾力のある肩肉や腿肉を使い、下味をつけて冷蔵庫で一晩寝かせてから包む。

ソースは肉圓の味を決める。北斗肉圓のソースは米粉汁をベースとし、店によって味付けは異なる。北斗の「肉圓瑞」や「肉圓賓」では豆鼓(トウチ)を入れる。前者は五香粉とネギとショウガ、後者は胡椒や甘草(カンゾウ)などを加えて風味を出すのが北斗肉圓の特徴だ。

肉圓と合わせて四神湯(豚モツの薬膳スープ)を売る店が多い。

北斗の肉圓街

北斗の肉圓店は、かつては奠安宮と土地公廟の付近に集中していて、経営者の多くは范家か楊家の人だった。台湾の食文化を研究する北斗の青年、顔震宇によると、これら肉圓店の経営者の多くは同じ神明会に属していて、現在の「肉圓生」の2階には今も「三山国王」を祀っており、神明会のメンバーは肉圓の作り方や店の経営について経験をシェアしているという。

顔震宇が北斗の肉圓店を訪ね歩いた時、范家には店を出す前から肉圓作りの伝統があったことを知った。が、当時は肉入りと肉なしの2種類があったそうだ。肉なしの方はタケノコと香辛料にサツマイモの粉を加えて塊にし、それを茹でるというものだった。これは福建省泉州の「粉丸」に似ている。先人たちが台湾に渡ってきた後、粉丸は変化して発展し、タケノコと豚肉を合わせ、最後に特製のソースをかけるという現在の台湾のスタイルになったようだ。

北斗の肉圓店のメニューを見ると米糕(竹筒に入ったおこわ)を置いている店が多い。北斗一帯は米の産地で、乾物の集散地でもあるため、干しシイタケや干しエビ、干しアワビなども豊富で、これらが食材になる。清の時代には港があり、日本統治時代になるとバスターミナルができ、北斗の肉圓は南北の旅行者が行き交う中、台湾各地へと広まっていったのである。

澱粉粉の種類や配合によって、揚げた後の表面の歯ごたえが違ってくる。

台湾各地の肉圓

台湾各地に広まった肉圓は、それぞれに特色を持つようになり、グルメライターが好んで取り上げるテーマにもなった。作家の王浩は「這個肉圓遇見那個肉圓(肉圓と肉圓の出会い)」という文章で、埔里の「阿甲肉圓」のユニークな食べ方を紹介している。この店では客に、まずぷりぷりの皮を先に食べ、残った餡とソースに店が提供する無料の豚の骨のスープを注ぎ、ソースと肉とスープが融合した味を楽しんでほしいと言うのである。一方、屏東の肉圓は米粉を多めに配合した生地を使う。彰化市内や北斗の肉圓の皮が半透明なのに対し、屏東の肉圓の皮は白い。これは油で揚げずに蒸すだけで、醬油だれに付け込んで皮に味をしみ込ませる。

作家の焦桐は『味道福爾摩沙(味のフォルモサ)』の中で、肉圓の餡の主な材料はタケノコの千切り、シイタケ、揚げネギなどで、台南の肉圓はさらにエビが入るとしている。また豚肉は角切りと細切りの二種類を入れて歯ざわりを変えてあり、彰化の「焼肉圓」に似ているとある。

『彰化小食記』の著者である陳淑華は、幼いころから彰化で育ったが、その頃、肉圓はまだあまり普及しておらず、おめでたい日などに母親と町に食べに行ったという。故郷を離れてからは、彰化肉圓の、外側はカリッとして中は歯ごたえのある皮を懐かしく思い出す。シンプルに見える肉圓の生地の部分だが、その粉の種類や配合の割合を少し変えるだけで、歯ごたえは大きく変わってくる。陳淑華は「肉圓南」の生地はサツマイモの澱粉だけを使っており、外観はほぼ透明で、淡くサツマイモの香りがするという。

陳淑華は、肉圓に関する文献を紐解き、こう書いている。日本統治時代の小説家·楊守愚の作品「晩年」の中に肉圓の屋台が出てくる。年の瀬も押し詰まっていた時期で、屋台の店主は少しでも多く稼ごうと、大きな声で客を呼び込んでいる情景である。同じく日本統治時代、池田敏雄は『民俗台湾』において発表した「台湾食習資料」の中で、艋舺(万華)におけるサツマイモ澱粉の製造技術を記している。サツマイモをおろして水に入れ、沈殿した澱粉を乾燥させるというものだ。ここから陳淑華は、当時の台湾の農村ではサツマイモ澱粉を作る習慣があり、肉圓もこうした背景から生まれたのではないかと推測する。

台北の阿財肉圓の店主は彰化出身だが、肉圓の生地を調整し、あまりサクサクにならないようにしている。

技術であり、歴史でもある肉圓

肉圓というB級グルメは、台湾にとって技術であり、歴史でもある。

早朝6時、北斗の「肉圓瑞」の厨房では、2人の職人とおかみさんが慣れた手つきで肉圓を作っていた。タケノコの角切りと下味をつけた豚肉を炒めて錫の型に入れ、澱粉粉の生地で包み、素早く肉圓を取り出す。作り方が異なるので、3人の作る肉圓の見た目は少しずつ違う。「昔はこの型は注文して作っていて、職人は一生使ったものです」と言う。

厨房は五香粉と米粉の香りにあふれ、傍らの機械が澱粉の生地を攪拌しているが、その鍋は火にかけてある。こうすることで、歯ごたえのある生地になるからだ。3代目の店主、范士賢は、子供のころから父親について肉圓作りを学んできた。その話によると、肉圓で最も重要なのは生地と餡の比率だという。最もふさわしい量の餡を入れて包む必要があり、それを15分間蒸した後は扇風機を当てて冷まし、さらに冷凍庫へ入れる。

毎年、媽祖の巡行が通る北斗では、媽祖の神輿が廟に入る前に宮前街を通る。肉圓瑞は以前、その近くに店を構えていたため、初代店主の時代から、自転車で巡行に付き従ってきた「鉄馬隊」の人々に肉圓をふるまうようになり、それが今では伝統となっている。

もう一つの北斗の老舗「肉圓賓」は、省道·台1号線沿いにあるため、多くの有名人が訪れ、店主と記念写真を撮っていく。その中には、店主の張凱偉が総統府に招かれて国賓晩餐会に肉圓を提供した時のものもある。

厨房の中で、おかみさんは肉圓を包んでいる。テーブルに並んだ調味料の瓶を指さし、「私たちは五香粉は使わず甘草を使います。自分たちで粉に挽いています」と言う。実家が漢方薬店を開いていることから、彼女は甘草をソースに加えており、この甘味が豆鼓の渋みを中和し、味わい深いものになるのだそうだ。「肉圓を作るのは簡単だと言う人も多いですが、サツマイモ粉の生地を手で自在に扱えるようになるのは簡単なことではありません」と言う。

店主の張凱偉は若いころは重量挙げの選手で、今は練習していないが、肉圓作りにも同じように完璧を求める。彼は、揚げ油の入った鍋の横に、ボウルに入った生地を置いている。冷凍した肉圓を揚げるときに変形しないよう、少し生地で整えるためだ。張凱偉にとって、お客からの「おいしかった」の一言は、競技場での栄誉と同じぐらい大切なものなのである。

大都市の台北でも、さまざまな肉圓を食べることができる。「阿財彰化肉圓」は創業40年以上になる。ここの肉圓は皮がサクサクに揚がっていて、彰化から台北に出てきた人々に愛されているが、それでも店主は、台北人の味覚に合わせるため、あまりサクサクになりすぎないようにしている。店主はお客に、まず何もつけずに食べ、それから甘いソース、続いて辛味ソースをかけ、最後は店の豚の骨のスープを注いで食べれば、幾層もの味わいが楽しめると勧める。もう一軒、路地裏にある「剣潭肉圓王」は40年にわたって蒸した肉圓を提供してきた。店主は雲林の出身で、生地に使うのはインディカ米の粉の割合が高く、水と粉の比率を調整して薄めにし、さっぱり食べられるようにしているそうだ。

作家の陳淑華が作品『彰化小食記』で述べている通り、家庭の味と故郷の手軽な料理こそ、自らの出自と地域とを結びつけるものだ。台湾各地の肉圓から、現地の歴史と地域の人々の味覚を探ることができる。

たった一つの肉圓から、先人と環境との関係が垣間見え、また現代台湾のB級グルメの技が見て取れる。いくつかのシンプルな食材を少し調整することで全く新しい味わいが生まれる。肉圓は技であり、歴史を紐解くきっかけでもあるのだ。

台湾各地の肉圓から、それぞれの地域の歴史や人々の食の好みがわかる。
彰化県北斗の肉圓職人は餡と生地を型に入れ、それを起用に取り出す。
北斗肉圓は元宝(昔のお金)の形に似ている。
蒸すために蒸篭に並べられた肉圓。
屏東県の蒸した肉圓の餡は肉だけのことが多く、ソースに浸っている。
屏東県東港の正宗肉丸では、蒸したものと揚げたものの両方が食べられる。
台北の剣潭肉圓王は蒸した肉圓を提供する。
北斗肉圓はあまり高温の油では揚げず、油に浸したような状態にする。


転載元:台湾光華雑誌
 

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