2022-10-13 観光

台北・草埔市場を開店前の早朝訪れて屋台ルールについて観察してみたら…

© 林特

注目ポイント

普段はごちゃごちゃしている伝統的な市場も、「ジェンガ」の段階ではとてもシンプルで整然としていた。普段は目立たないプラスチックのカゴやステンレスの容器が大量に並べられ、メモリーカードの容量を占めてしまう程にとても撮影しがいがある。

作者:林特

もともと料理は、私にとっての癒しだった。

食材を買ってきてから盛り付けるまで、料理の全工程は単なる「工程」ではない。もう少し細かく行動を分けて見てみると、実は、食材を買いに市場まで歩くというのは、散歩、ブラブラする、新鮮な空気を吸う、朝の街を感じる、などの要素が組み合わさっていることが分かる。また、季節ごとに旬の食材が異なるため、毎日市場に出ていても、全く同じものが出てくるということは少ない。

そして、さまざまな野菜や果物の旬の時期や価格の変動が分かり、出店者と顔見知りになって話を弾ませることもあるだろう。食料品の買い出しが、一種の社交活動にもなるのだ。

食材を家に持ち帰って下処理をするのは、買ったばかりの洋服を開けて試着するのと同じようなワクワク感がある。青葉は水洗いし、根菜はブラシで皮についた土をキレイに落とし、洗った後に整え、保存袋に入れるか、ゆでて冷ましてから冷蔵庫にしまう。

パックに詰めるべき肉や魚も洗い、カットして、今日食べるものは冷蔵庫、今日食べないものは冷凍庫に入れる。皆さんはどうか分からないが、私はこの戦利品(もしくは山賊から奪ったお宝と呼んでいる)を整理する作業がとても癒しになるのだ。

料理を始めた後は言うまでもなく、鍋の中の食材がだんだん熟していくのを見ながら、まるで自分がその鍋の肉や野菜と共に化学変化を起こしていくような錯覚に陥る。料理の癒し効果を否定できる人はいない。言うまでもなく、Youtubeでこのような動画を見ている人の数を見れば一目瞭然なのだ。

そして、これらは私にとって「もともと」は子供が産まれるまでの癒しだった。子供ができた後、「閑情逸致(のんびり余暇を過ごす)」という四文字は、パラレルワールドにしか存在しなくなる。決して子供を育てるのがどれだけ大変かと文句を言いたいのではなく、本当にゆっくりする時間がないのだ。携帯電話の一日のスケジュールブロックを指で丸ごと潰すように生活リズムがタイトになり、遅らせることが出来ない。毎日一定の時間にご飯を食べて、決まった時間に寝ないと、世界が乱れてしまうのだ。

このように、時間がないので料理は癒しではなく日常的な仕事になったが、野菜の買い出しは依然として楽しみである。

息子は虫を食べる鳥のように毎朝早起きだ。そのせいで私までそうなり、夜明け前に起きることもある。そんなに早起きしてどうするのか?まだ暑くないうちに、外に出てぶらぶらして、市場に行ってどんな宝物が獲れるか見てみよう。

© Photo Credit : 林特

夏至が過ぎた台北の気温は朝7時までは安全範囲だ。私はショッピングバッグを持って、子供とカメラを背負って、「早く出かけよう、空がだんだん明るくなっていく~♪」と歌いながら、民生区の草埔市場に歩いて行く。時間は6時を過ぎたばかりで、ここの屋台はほとんど8時にならないと開店しないので、富錦街を渡った後、まだ空っぽで準備中の伝統的な市場が見渡せる。散歩がてら、出店者の「出店の様子」を観察してみた。

屋台といえば、十数年前にロンドンに住んでいた日々がまた思い浮かぶ。しばらくの間、私は台湾から持ってきた服をブリックレーンの屋台で売った。その時代のブリックレーンでは勝手に屋台を並べて、警察に追い払われるリスクを伴いながらも、出店代を払う必要がなかったのだ。私の屋台は広くはなく、ただ床に布を敷いてその上に服を並べるだけだ。言うのは簡単だが、お客さまをお迎えする度に、膝を折って十数回たたまなければならず、一日を通すと大変な作業となるのだ。

その後は、学んで小さなイスを持参し座れるようにし、服をぶら下げ、値段つけて、どんどん屋台を進化させていった。オーナーの私もビールを1杯持って、椅子に座り飲みながら売ることができた。その他、毎週末の屋台はアリのように、自分より重い屋台を搬入・搬出し、とても疲れた。

 

市場の出店者の話に戻ると、まだ食材が陳列されていないため、「構図」が非常に気になるところ。ある屋台は数枚の折り畳みテーブルを組み合わせて、カゴの上に野菜や果物を並べたり、生鮮食品の屋台はクリアボックスやプラスチックボックス、ステンレスプレートやクワズ芋の葉を置く。プラスチック製のカゴを「塔」のように積み上げた屋台もある。また、ある小さな屋台では屋台用かどうか分からないが、ちゃぶ台のような大きさと高さの木箱が置いてあり、下にはスタンドがつけられ、木箱に入ったプラスチックのカゴが数個、ちょうどいい大きさで、新鮮な野菜や果物が乗っていて、見ているだけで気持ちがいい。

数が多ければ美しく見える、普段はめちゃくちゃな伝統市場で、この「畳畳楽」の時間は非常に簡潔で整然としていて、目立たないプラスチックのカゴやステンレスの容器が、大量に配置され、撮影の手が止まらずメモリーカードの容量を浸食していく。

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畳畳楽の時間

© Photo Credit:林特

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例えばテーブルボード、ちょうどいいサイズの木箱や、プラスチックのカゴが収まるようにスタンドの土台を作ったら、後は食べ物を並べれば出来上がり。フルーツ屋台に特別な仕掛けはなく、きれいに設置するだけ。野菜の屋台の場合、土台を丸く作ったり、高低差をつけて配置したり、下は根菜、上は葉物野菜と分けたり、客にとって一目で分かりやすくということ以外にも、植物の成長順や土地からの距離で並べるのも理にかなっているように思う。


 

ある野菜屋台は長方形で、すべての商品を同じ高さ、同じ平面、そして野菜の形によって分類している。小さなもの、一筋一筋、一粒一粒の豆、さやえんどう、オクラ、ヤングコーンなどを入れて、中くらいのトマト、玉ねぎ、ニンジン、ナスをひとくくりに置き、葉物野菜類は一束一束に縛って、同じエリアに置く。そして土のついたサツマイモ、ジャガイモ、ショウガなどをひとまとめに置く。

© photo Credit : 林特

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面白いスタイルがたくさんある屋台

魚や鶏の屋台、肉の屋台、魚のつみれ屋台、惣菜屋の屋台は特別な配列方式はないが、魚屋の屋台は常に水と氷を入れて、魚の表面を滑らかに保ち、新鮮さを保つようにしている。また、前回の市場旅行記でも紹介したが、一部の屋台は一つの食材しか売っておらず、通常は旬の物、例えば、竹の子、パイナップル、キャベツなど、このような商品は小さな山のように並べられ、店主は小山の中でさばきながら売ったり、試食を求められたり、客の代わりに皮をむいたりする。

© photo Credit : 林特

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おおよそのルールを観察したが、季節によって食材が異なり、屋台がそれぞれのオリジナリティを加え、面白いスタイルがたくさんある。時間があれば、カメラを持って市場に行って観察して、ついでにネガ(またはメモリーカード)を浸食するのもいいだろう。
 

屋台が開店する前に市場に来たら他に何ができるか?≫

早起きの鳥は何をするのか、もちろん虫だらけの谷では選びたい放題だ。他の市場は分からないが、草埔市場には安くていい野菜と果物の屋台がいくつかある。もし10時を過ぎてから来たら、マダム(おばちゃん)たちが買いあさった後に残った余りものを選ぶしかない。

しかし皆さん、今の時間はまだ6時過ぎで、マダムたちをひきつける屋台はさっき出てきたばかりだ。赤ドラゴンフルーツは望み通りの大きさに、金鑽(キンサン)パイナップルは皮が剥かれ綺麗に並べられている。旬の茘枝(ライチ)は房いっぱいで安い。買わないですか?買いましょうよ〜、前回は買わなかったから今回は子供とカメラを背負いながらでも買おう。

© photo Credit : 林特

最初の客は値切りやすい

野菜を買う以外にも、市場では家庭用品、清掃用品、鍋具、吊るされたパンツ、おばちゃん風の洋服、どの屋台も開店したばかり。何か必要なものがあれば、店主に聞いてみてほしい。最初のお客さんは値切りやすく、店主らは早く開店するのが好きだ。今回、私はちょうど1人の主婦に出会った。朝6時過ぎに洋服屋台で店主と値段交渉をしていたこの女性は、本当に買物上手としか言えない。また、人が少なく天気も暑くない内に、朝ごはんとして市場近くの軽食をとるのもいいだろう。

© photo Credit : 林特

≪店主との会話を弾ませるには…≫

伝統市場がまだ目覚めていない間、店主らも忙しくて話す時間がなく、お客さんもまだ来ていないので、市場はとても静かだ。たいした会話をする機会があるわけではないが、市場で働いている人と話を弾ませたいとき、取り引きに関係ない質問をするのがおすすめだ。あなたは、たくさんの冷静かつ頭の回転がまだ速すぎない屋台店主と知り合えるだろう。


多くの人は想像できないかもしれない。「5時?どうやって起きるの?」いいえ、まずは一度聞いてほしい。徹夜なんてせず、一日でいいからぐっすり寝て、5時過ぎに起きて、散策してみてほしい。公園でも、市場でも、朝食を食べるでも、コンビニに行くだけでもいい。夏の台北の早朝、都市がまだ目覚める前の、最も新鮮で透き通った空気、最も快適な気温、最も美しい写真撮影にぴったりな光に出会えることを保証する。これらの美しいものをすべて集めたら、太陽が「本当に出てきた」ときに、再び毛布の中で眠り、目覚めた時には絶対に後悔の目覚めを迎えられる。

 

訳:黄群儒


 

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