注目ポイント
音楽家でアジアンポップカルチャー研究も行う菅原慎一さんが、台湾を感じられる選りすぐりのカセットテープを紹介する月イチ連載。今回は、コロナ禍で自粛が強いられた昨夏、台湾各地のアーティストたちが「1週間のうちに宅録した楽曲」を集めた、インディペンデントなアティチュードに溢れたコンピレーションアルバムを取り上げます。
今回紹介するのは、台北のレコードストア/カルチャーショップ、PAR STOREが企画・制作したコンピレーションアルバム『這星期我在想的歌 a collection of home recordings』です。
台湾各地の総勢22名ものアーティストが参加しているという驚きの内容なのですが、実は「各自が提供する楽曲は、1週間のうちに宅録(ホームレコーディング:専用のスタジオを使わず、自宅や自室で自分自身で機材を揃え録音すること)したものに限る」という<制約>の中で作られたものなんです。これまで紹介したカセットとは毛色が違いますよね。
2021年7月、台湾全土の防疫警戒レベルが第3級まで引き上げられました。外出自粛など、市民への影響がもっとも大きかった時期ですね。日本と同じく、台湾でも音楽活動がまともにできないアーティストが悲痛の叫びをあげていました。この作品の販売元であるPAR STOREも同じような危機に晒されていたはずです。統計によると、2021年の6月から7月にかけて、台湾の小売業や飲食業は、前年の同月に比べ40%近くも売上高が下落したらしいです。
そんな時期に、このカセットテープは目にも止まらぬスピードで企画・制作され、ファンを驚かせました。Wah Cee、曹瑋倫、陳威愷、Bonkit、ooonepy、Kool Klone、小古巴斯、棕予、詹士賢、沒頭埋口、Boycany、徐子權、Chouhezi、Layton Wu 雷頓狗、 E V E a.k.a. 酷酷小乖乖、曾稔文、湯詠樂、Cigol、官靖剛、伍悅、stelvio tarolini、Pierre Gandという、台湾中のアーティストが集まり、自粛中の制作の成果を届けてくれました。

PAR STOREは、オープン当初から常にインディペンデントな活動を行うミュージシャンやアーティストの重要な拠点のひとつであり、オンライン/オフライン問わず、それぞれのコミュニティ・スペースとして機能してきました。自主制作のCDやグッズを積極的に取り扱ったり、オリジナルのアパレルのモデルにミュージシャンを起用したりと、台湾内外のお客さんに、独自のDIYカルチャーや、クールなアーティストの在り方を発信し続けてきました。
このカセットテープは、<We Are The World>のようなチャリティー精神を掲げるものでは決してないという点にも注目して下さい(そういえば台湾でも1985年に「明天會更好」という楽曲が発表されましたが、その話はまたおいおい…)。アーティストにとって、表現の場が提供される際に、特定のシンボルや信条は不要なのです。それは、PAR STOREが一貫して取り組んできた姿勢と同じです。
アーティストにとって、1週間というお題は<制約>ではなく、<電話帳>のような役目だったのかも、と僕は思います。どこにいても、どんな時も、互いが気になるテープ(ページ)を捲れば(回せば)、いつでも誰かの部屋から自然体で愉快な音楽がきこえてくるのです。