2022-10-07 政治・国際

月イチ連載「山本一郎の#台湾の件」第7回:北朝鮮のミサイル発射実験から考える東アジアの安全保障環境のいま

注目ポイント

先日の北朝鮮による弾道ミサイル発射では、5年ぶりにJアラート(全国瞬時警報システム)が発令されて動揺が広がりました。山本一郎さんの月イチ連載、今回はシャレにならなくなってしまった東アジアの安全保障環境の現況を考えます。

同じ状況に立たされている台湾と日本

10月4日早朝7時ごろ、北朝鮮が日本領を飛び越える形で弾道ミサイルの発射実験を行ったという一報が入り、緊急事態室含め日本の官邸も緊張が走りました。

我が国の事態対処については総務省消防庁のサイトをご覧いただければと思うのですが、今シーズン35回目のミサイル(のようなもの)発射ということで、ネットではキャリアハイの本塁打数を金正恩が記録したとネタにされております。

シャレにならないのは、ロシアによるウクライナ侵略という具体的なイベントのお陰で世界経済が混乱と低迷を余儀なくされる状況のうちに、台日関係においては特にロシア、中国、北朝鮮という最悪の東アジアの安全保障環境となってしまったことです。ウクライナの正面で揉めている核兵器保有国はロシアだけですが、日本は決して有効な関係とは言えないロシア、中国、北朝鮮と3国もあり、正直何があってもおかしくないのに有効な対策は立てられないという微妙な状況にあります。

とりわけ中国に関しては、胡錦濤さんが国家主席だったころまでは「一つの中国原則」(One China principle)の名のもとに武力行使を前提とせず、むしろ2008年以降、台湾の総統が中国国民党の馬英九さんとなると、三通政策を通じて中国国家主席であった胡錦涛さんと経済的蜜月関係を確立していくことになります。これは、1997年に香港が、1999年にマカオが中国に返還されると、中国外縁の中でももっとも繁栄している台湾が注目されるのも当然のことで、結果的に、急成長する中国の経済力の伸びを取り込むことで、台湾経済もまたさらなる繁栄を享受することになったのは特筆するべきことです。

その後、習近平さんが国家主席となると、それまでの経済交流と台中同化政策のような穏やかな対外方針は一変し、むしろ従前の「一つの中国原則」に則って、台湾は中国に帰属するべき対象として武力行使も辞さず脅すのであるというアプローチに転換してしまいます。

むつかしいのは、本稿でも重ねて指摘しておりますアメリカによる対中政策が、概ねにおいて台湾を含む曖昧戦略の具になっているところです。アメリカからすれば、中国が台湾に手出しをすればアメリカが介入してくると信じさせる、同様に、台湾にとってはあまり独立だ自立だと中国を刺激して中国が攻めてきたらアメリカは守ってくれないかもしれないと疑わせるという両面で成立してきた、典型的な緩衝国に対する態度であることは言うまでもありません。アメリカがいることで中国は対台湾への武力行使を決断できず、台湾も中国を挑発しなければリスクは現出しないと信じさせる曖昧さこそ、米中対立における台湾のデリケートな位置を維持できる方策となるわけですよ。

ところが、諜報分野では特に、これらの米中対立の緊張関係による中国の妄動を抑える効果よりも、中国国内の社会不安や経済失調などでの失政を糊塗する目的で、限定的な対台湾や対ASEANの(それなりに大規模だが計画的で局地的な)軍事作戦を行う危険性は日増しに高まってきています。

そればかりか、アメリカによる曖昧戦略の具となっているのは台湾だけでなく、何を隠そう日本においても同じ状況に立たされています。つまり、日米安保条約に記された日米同盟は、仮に日本が周辺事態で戦争状態となっても、日本に駐留しているアメリカ軍はどこまで応戦してくれるのか、アメリカ軍本体はいつ駆けつけてくれるものなのか、核兵器を打たれたらアメリカはきちんと報復したり抑止をしてくれるものなのか、実は明文化されたものはなく、良く分からないというのが実情なのです。

したがって、中国の情報部門や外交に携わる人たちからは、日本はなぜアメリカが助けてくれると信じられるのか分からない、と素朴な疑問のテイで日米同盟の緩さを指摘してきて、日本側の疑心暗鬼を促すかのような発言を繰り返してきます。いわば離間工作を仕掛けてくることが多いわけでして、対日本ですらこうであるので、例えば対韓国や、対ASEANでのアメリカのプレステージの低下が進んでいる地域では通商の増大と共にアメリカよりも中国と手を結ぼうという雰囲気になるのは当然とも言えます。

 

来るべき安全保証のリスクに向けて

これらを経済面だけでなく、教条的に繋ぎとめているのは文字通り民主主義であり、専制的な政治体制に対する強い猜疑心と反感が根拠となっています。例えば、香港の民主勢力を文字通り警察力という名の武力でねじ伏せた元行政官・林鄭月娥(キャリー・ラム)さんの件では、住民による民主的な自治に対して強い制裁を与え、相対的に香港が中国本土の主要各都市に比べて特別な存在でなくなったと見るや一国二制度の建前さえもかなぐり捨てて同化政策へと走った経緯がありました。民主的でも独自でもなくなった香港が、繁栄の前提となっていた金融事業へ教育された香港人を送り込めなくなっていくと、必然的に国際的な金融センターの地位さえも喪失しかねません。台湾における半導体産業もまた、同様の危機感を持っているのではないかと思います。

同様に、台湾のように完全に民主主義が根付いて久しい国家に対して、仮に中国が本格的な武力行使を検討しうる段階に入るならば、新疆ウイグル自治区やチベット、あるいは内モンゴルや香港のように独自の政治体制は蹂躙されかねません。昨日の香港は明日の台湾であることを憂えて今日何をするかを昨今の政治情勢は課題として突き付けているようにすら思います。

他方、先日アメリカ下院議長のナンシー・ペロシさんがわざわざ台北にやってきて騒動になっていましたが、その際に、中国は抗議と威嚇の目的と見られるミサイルを台湾周辺に発射しています。今回の北朝鮮が日本をまたいで太平洋側にミサイルを撃ち込んだ行動内容を見る限りでは、これらは台湾そのものを脅すというよりは、台湾に救援を行う可能性のあるアメリカやオーストラリアの軍事艦艇に対して直接攻撃しうる能力があるのだという誇示に他なりません。

また、中国が撃ち込んできたミサイルについては、問題になったように日本のEEZ内にも着弾しています。ペロシさん訪台の直接の利害は日本にはまったくないにもかかわらず、なんでついでに喧嘩を中国が売ってきたのか理由がよく分かりませんが、日本側が色めき立ったのは中国のミサイルに込められたメッセージです。意味するところは台湾有事が万が一発生すれば漏れなく日本も巻き込まれますよということであり、つまりは台湾有事は日本の有事ですよということの証左ではないかとも考えられます。

同時に中国本土で活躍する日本人や台湾人も何らかスパイ容疑でもでっち上げられて拘束されることもあるのではと身構えたほどですが、裏を返せば中国国家主席の習近平さんとしても国内情勢の安定化や強硬派の慰撫のためにもセレモニーとしていっぱいミサイルを台湾周辺に撃ち込まなければ成り立たないのだろうとも言えます。あくまで中国政治の内向きの議論によって、その「症状」が台湾近海でのミサイル軍事演習などに繋がるという伝統芸になりつつあることはよく理解をしておく必要があるのではないかと思います。

中国国内の、とりわけコロナによるロックダウンの影響がいまなお残り、中国経済が大きく減速し、また鋭く進む中国少子化の影響で大きな経済伸長がこれから実はあまり見込めないのだとすると、批判をそらすハケぐちとしての台湾がクローズアップされることが今後も多くなるのかもしれません。それは、アメリカの曖昧戦略のツケを台湾だけが背負うことのないように、保険を掛けておくべき時期に差し掛かっているのかもしれません。

昨今、半導体業界や台湾投資界が、対日投資を増やしてくださるにあたり、台湾の方々が率直に、いまの台湾海峡を挟んだ米中関係の緊張と落としどころの無さを懸念するお話を戴くことが多くなってきました。「リスクを正しく畏れよ」と言えども、そのリスクの振れ幅が大きくなりすぎて、いままでの思考法では適切な事態対処を思い浮かばないのだ、と。

我が国も、ガンギマリの眼差しで安全保障議論を積み上げるべき時期に差し掛かっているのでしょう。

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