2022-08-31 ライフ

台湾の妖怪ブーム 民間伝承に与えた変化と「妖怪」のこれから

© Photo Credit: Shutterstock / 達志影像

注目ポイント

台湾で妖怪ブームが起こっていると言われて久しい。先日も台湾妖怪界の第一人者・何敬堯氏の新著『台湾の妖怪伝説』が邦訳され、本格的な日本デビュー作として注目を集めた。ブームが与えた影響や、台湾と日本の妖怪の共通点や違いについて、『何かが後をついてくる 妖怪と身体感覚』や『現代台湾鬼譚』など、台湾の妖怪を扱った著作も多い國學院大学文学部日本文学科の伊藤龍平教授に聞いた。

妖怪は台湾人のアイデンティティとも関わっている

伝承文学が専門の伊藤教授は2003年から2020年まで、台湾・台南市の南台科技大学で教壇に立っていた。赴任当時から妖怪に興味を持ち卒業論文のテーマにする学生もいたが、その主体はあくまで「日本の妖怪」。アニメやゲームなどのサブカルチャーや観光コンテンツとしての妖怪が取り上げられることが多く、台湾土着の妖怪の影は薄かったという。

状況が変化したのは2010年代に入ってから。台湾の妖怪を扱うリトルプレスや書籍が刊行され、台湾中部の南投県に「渓頭妖怪村」というテーマパークがオープンするなど、台湾の妖怪に注目が集まり始めた。

現在のブームに拍車をかけたのが、2017年に刊行された何敬堯(カ・ケイギョウ)氏の『妖怪臺灣    三百年島嶼奇幻誌・妖鬼神遊卷』だ。大航海時代から日本統治時代に至る文献から妖怪的な伝承をまとめ上げ、台湾妖怪史に残るエポックメイキングな妖怪事典として大きな話題を集めた。

台湾の妖怪ブームを牽引する存在として、日本でも注目されている何氏。今年6月には『妖怪台灣地圖』の全訳となる新著『台湾の妖怪伝説』(原書房)が刊行された

台湾土着の妖怪への関心の高まりは、中国との差別化を図る台湾人のアイデンティティとも関わっていると伊藤教授は指摘する。

「日本でも岩手県遠野市のザシキワラシのように、地元を象徴するシンボルとして妖怪が活用されることがあります。台湾の妖怪ブームもそれに似ていて、ひまわり学生運動のような台湾独立の機運と連動して、民間で伝承されていた『台湾の妖怪』が象徴的な存在として結び付けられたと考える専門家もいます」

 

ブームによって妖怪のイメージも変わる?

妖怪ブームは民間伝承にも変化を与えている。たとえば、主に山中や草原に出て、人を迷わせたり子どもをさらったりする「モシナ」(魔神仔)といういたずら妖怪。

古い世代のあいだでは自然界にいる精霊のような存在と考えられ、日本統治時代の資料では「赤い帽子を被つた幼児の亡魂」と容姿も報告されている。ところが、のちの世代になると人の死の延長線上にある「幽霊」と同一視され、人の目に見えない気配のようなものという認識が広がった。

それが最近では再び、赤い帽子と服を身につけ、子どもや猿に似た姿をした“妖怪型モシナ”としてビジュアル化されているという。

こうした変遷について伊藤教授は、人々に共有されていた妖怪的な現象や存在をキャラクター化し、名称とビジュアルイメージを固定させる「事典」や「図鑑」というメディアの力や、妖怪がコンテンツとして商品化されていることも影響していると話す。

「沖縄にはキジムナーという妖怪の伝承があります。山中に棲み、赤い顔や髪、体で子どもの姿をしているなどモシナとの共通点も多いのですが、現代のキジムナーは観光資源としてかわいらしくマスコット化され、沖縄の人々の象徴になりつつある。モシナも今後、台湾人の象徴になる可能性は高い。日本のカッパのような存在として認知されるかもしれません」

ちなみに、台湾には日本のカッパに行動がよく似た「水鬼」の伝承がある。川や池に近づく人間を水中に引き込んで殺してしまう点で両者はよく似ているが、水鬼には人を襲う明確な動機がある。溺死者の霊魂——いわゆる地縛霊が身代わりとして人間の命を奪うことで成仏し、身代わりになった人は新たな水鬼となり、次の身代わりを狙うのだ。これは中華圏の「替死鬼」という伝統的な霊魂観にもとづくもので、子どもたちが興じる「鬼ごっこ」も、由来は定かではないものの、鬼(霊)が入れ替わるという点で発想がよく似ているという。

 

都市伝説や原住民の伝承も新たな妖怪に

日本で知名度の高い怪談といえば「トイレの花子さん」。台湾にも「紅衣小女孩」(赤い服の女の子)という都市伝説があり、伊藤教授が南台科技大学の学生に取ったアンケートではもっとも知名度のある妖怪だった。

紅衣小女孩は、深夜、学生寮やホテルのドアをノックする音が聞こえてドアを開けてみると、誰もいなかったり、赤い服を着た女の子が去っていったりする話で、学校の女子トイレのドアをノックすると返事が聞こえるトイレの花子さんとシチュエーションは微妙に違うものの、ノック音が呼び水となる、赤い服(スカート)を着ているなど共通点もある。

こうした都市伝説や、タイヤル族に恐れられていた話し言葉を奪う「ウトゥフ」のような台湾原住民(先住民)が語り継いできた妖怪など、台湾にはまだまだ怪異の主体が存在する。

かつては九州地方のマイナーな妖怪だった「イッタンモメン」や「ヌリカベ」は、水木しげるが描いたことでメジャーになった。伊藤教授は、台湾の妖怪ブームを機会に図鑑や事典が編まれていけばいくほど、これまで「妖怪」とは見なされていなかった怪異や体験が新たな妖怪として認知されていくだろうと話す。人間の恐怖心や、恨み、憧れなどが生み出す妖怪は、台湾でも時代や人々の意思によって新たな命が吹き込まれていく。

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