2022-08-03 政治・国際

月イチ連載「山本一郎の#台湾の件」第5回:「ペロシ訪台」で米中プロレスの面白ネタにされる台湾

注目ポイント

アメリカ下院議長のナンシー・ペロシ氏が、アジア歴訪の一環として8月2日夜に台湾入りしました。大統領権限の継承順位で副大統領に次ぐ要職である下院議長の訪台は25年ぶり。中国の軍事的威嚇が強まる可能性が懸念される一方で、金融市場にも動揺が広がりました。山本一郎さんの緊急寄稿です。

何でペロシさん台湾訪問でこんなに市場が動揺するのか

アメリカ下院議長のナンシー・ペロシさんによる台湾訪問が8月2日にあり、まあ面倒なことになっていたので状況の解説などもしてみたいと思います。

と言っても、一番動揺しているのは安全保障方面というよりは経済・市場方面でありまして、結論から先に申しますと「その訪台、どういうメリットや利益を求めて実現させてしまったの?」というのはあります。単純な話、それなりに危険があるところで訪台を米下院議長が敢行するというのは、ちゃんとした訪台の目的が誰の目から見ても明らかであるべきなところ、実際には「何で訪問してんのか良く分かんない」のでみんな動揺しとるわけですね、相場関係者が。

おかげで、このところドル独歩高的な動きの中で円安に振れていた相場も、結果的に「有事の円買い」という不思議な不文律によって円が買われて130円台にまで戻ってきてしまいました。や、日本円がそこそこ買われるのは悪くないことではあるのでしょうが、世界的に資源高とインフレに併せて不況になっていくよというところで、余計な混乱や不安を市場に与えると不必要に相場が乱高下して良くねえんじゃねえのと思うわけであります。

ペロシさんが台湾に上陸して騒ぎになっていたので台風かよとかネタで遊んでいた向きも、東京だけでなく香港市場も為替相場も混乱になってしまうとみんな真顔になるのもまた台湾というワードの強さ故だと思うんですよね。

もちろん、何でペロシさん台湾訪問でこんなに市場が動揺するのと言われれば、それなりに大人の関係としてアメリカと中国との間の政治的・外交的駆け引きの文脈で見てきた台湾海峡問題が、具体的な安全保障リスクとして見えてしまうことにあります。どこまで中国が踏み込んでくるのか衆人環視の中でペロシさんが台湾を訪問すること『そのもの』に事件的価値があるってことなんですよね。

中国からすれば、ひとつの中国『原則』に忠実である点については、本連載でも書いてきましたが中国外交の基本原則であり、2000年の中国政府の白書「一つの中国原則と台湾問題」にもある通り、(1) 世界で中国はただ一つであり、(2) 台湾は中国の不可分の一部であって、(3)  中国共産党率いる中国(中華人民共和国)はその中国を代表する唯一の合法政府である、という三段論法によって成り立っています。台湾が中国にとって大事なのは、この中国によるひとつの中国『原則』で台湾が実は独立した民主主義国家でしたということを世界的に認められてしまうと、メンツの問題を超えて中国国内の統治の正統性さえも失われかねない大事件になるからでもあります。

単純に、香港も新疆ウイグル自治区もチベット自治区も内モンゴルも、あらゆる中国の辺境問題や少数民族問題というのは、圧倒的多数の中国人(漢人)からすれば漢化して当然なのであって、例えば東方のイスラム系民族であるウイグル人に対して思想教化をしたり、不妊治療をしたり、漢人を送り込んで混血を増やしたりといった政策を推進することは、漢人にとって「当たり前の正義」になってしまう恐れがあります。

台湾においても、長らく省籍矛盾(しょうせきむじゅん)に代表される、台湾本省人と外省人の人口割合や、本省人外省人の社会的な権力配分の逆転(不均衡)から生じる諸矛盾を内包しており、第二次世界大戦を経て日本領から脱し光復後の台湾において当時の国民党により政府の要職を大陸出身の外省人で固められた歴史的経緯も忘れてはならない面があろうかと思います。二・二八事件、中壢事件、美麗島事件など歴史的転換期で起きる悲劇的な事件もこの背景にあり、そういった経緯を乗り越えて現在の台湾の民主主義は東アジアに確たるものとして屹立していることは指摘されるべきことです。

他方、対外的には台湾が如何に戦略的に重要なポジションにあるか、また、台湾の民主主義的な政体と、台湾人の努力によって勝ち取った経済的繁栄が西側諸国にとっても、またひとつの中国原則を貫徹したい中国政府(中南海)にとっても、文字通り戦略的重要拠点となって現在に至っているのもまた事実です。

さらには、日本にとって台湾海峡の平和と安定が自由な資源物資の輸出入の根幹を担い、日本のみならず東アジア全体の安全保障の中核が台湾海峡なのだという認識もまた一般的に持たれています。あまり確率としては高くないとは思いつつも、ロシアによるウクライナ侵略によって、2014年のロシアの武力による現状変更の最たるものであったクリミア半島併合に触発されて中国が台湾に武力侵攻を行うリスクについては常に注意を払われなければならない現実があるのです。

それゆえに、このようなペロシさん訪台に及んで中国も当然座視できず、まずは声明において言葉をもって威嚇するのもまた当然です。ギャンブルにおいて賭け金が上がった瞬間であります。他方で、中国国内では台湾問題において中国政府が強い牽制にもかかわらずアメリカが無視して訪台を実現してしまった後、上がった賭け金を諦めて降りるオプションを持っておくために、中国国内での報道においてペロシさんや台湾の関係については慎重に言及が避けられている節があります。


中国軍、ペロシ米下院議長訪台なら座視せず=外務省報道官|ロイター


おりしも、中国国内においては特に不動産や銀行業務において40兆円規模の不良債権問題が続発しており、また対コロナ政策で都市封鎖が繰り返されるなど経済危機が表面化していることもあって、対外的に強気に出たところで国内問題が山積しているためそれどころではない、といった趣もあります。

 
偶発的な台湾有事はアメリカも中国も台湾も望んでいないのに

かたや、アメリカにおいてもペロシさんによる台湾訪問が如何に電撃的であったにせよ、その訪問で大騒ぎをした結果、誰にどんなメリットがあるのかという話は置き去りになっています。正直、何のメリットがあって、台湾に行ったのかという根本的なところで、セレモニカルで象徴的な意味以上のものは何一つ見いだせないんですよ。何しに行ったんだよ。

一部外交筋では「ペロシのようなアメリカ政治の大物が台湾に足を踏み入れたことそのものに価値がある」と評価する声もある一方で、そもそも台湾というのは火種であるだけでなく、経済的に重要な地域であって、そこに争議のネタが転がり込むということは不要な経済的、相場的、市場的混乱が起きることは避けられません。それだけのことをしておいて、行ったから価値があるんだと言われても何を言ってるんだお前はという話になるかもしれません。

米大統領のバイデンさんは、記者団に対して「(ペロシさんの)訪台は、いまは良くないと思っている」としたものの、アメリカ政治も三権分立しとるので大統領が下院議長の行動を表立って掣肘することはできず、結局は米民主党内でうまく意思疎通すらできとらんのではないかと批判を受けることになります。しまいには、アメリカ外交筋が中国に対して冷静を呼びかける一方で、米中両軍の海軍が列島線に張り出し、中国軍機が中間線まで進撃しているという報まで出て、狂騒曲とも言える展開になっています。


中国軍機、台湾海峡の中間線に接近=関係筋|ロイター 


いわば、偶発的な台湾有事はアメリカも中国も台湾も望んでいないのに、あたかも何かが起きかねない事態をペロシさん自身が政治的信念によって引き起こしている、とも言えます。実際に紛争地になっているウクライナの首都キエフに欧州やアメリカの首脳が訪問して大統領のゼレンスキーさんと対談することは「ウクライナはロシアによる主権が及ばない」という前提で進んでいるものに対し、台湾においてこれだけ問題となるのは「中国はロシアではない」上に「台湾のデリケートさはウクライナ以上である」ことを示唆するものです。

台湾地元紙ではペロシさんは総統・蔡英文さんと会談する予定だと伝えていますが、おそらくこの対話で何か具体的な意味のあるものは出てこないでしょう。しかし、そうであるがゆえに、これが呼び水になってアメリカだけでなく、オーストラリアやカナダ、日本の首脳が台湾を訪問することが対中国外交上の意味や価値を持つ日が来てしまうのでしょうか。

なんかこう、ますます台湾が実態をはるかに超えて、台湾の意志とは無関係に重要な存在になってしまうのではないかと怖れているのですが、大丈夫なのかなあ。

 

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