2022-07-25 政治・国際

「戦争状態」にある台湾の交通環境(後編)

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注目ポイント

その劣悪さから「戦争状態」とも称される台湾の交通環境を考察する前後編の後編。行政レベルでも常態化している自己責任論や、問題の原因を超自然的な現象と結びつけようとする神秘化を巡るトラブル、歩行者やバイク利用者を置き去りにした車優先の政策などを引き合いに出しながら解決の道筋を探る。

本稿は前後編の後編にあたる。前編では、データを用いて、台湾では一生のうち交通事故で1回以上負傷する確率が8割に上ることを指摘した。そして、1970年代日本では「交通戦争」と呼ばれた状態があったように、2020年代の台湾の交通環境も「戦争状態」であると指摘した。また、こうした劣悪な環境は「弱肉強食の世界」であると指摘した。

後編では、前編の前提知識をもとに掘り下げていく。まずは、①個人化②神秘化という分類を通して、台湾における交通環境の責任問題について語る。次に、解決策としての「3E対策案」を取り上げ、この3Eの視点を台湾の現状に照らし合わせて考える。そして、台湾の「バイク問題」について、高いバイク保有率の背後にある原因について考え、バイク利用者による社会運動を取り上げる。本稿の最後では、「クルマ社会」そのものについて再考していく。

 

●責任の行方

台湾では交通事故が起きた際、「意外が起きた(發生了意外)」と表現することがよくある。この表現から考えられるのは、台湾での交通事故は単に「偶然の悲劇」の意味合いとして扱われている側面だ。

私がここで問題提起したいのは、こうして「偶然」や「意外」として交通事故を扱うことによって、どれくらい人為的な要素が捨象され、見るべきものを見えなくさせているのか。

我是台灣行人 I’m a pedestrian in Taiwan」によると、台湾では交通事故に対して、①個人化、②神秘化の2点に結論づける傾向があるという。この指摘は興味深く、以下この2点に即して肉付けしながら紹介していく。

 

・個人化

まず、①個人化についてだ。これはつまり、「事故を起こすのは、あなたの不注意が原因だ」と、交通問題が自己責任論に落とし込まれることだ。民間ではこうして考えることは幾分仕方がない、しかし、行政レベルでもこうした節があることを否めない。

今年の6月末、台湾高雄市で自転車走行中の女性がダンプカーに轢かれて死亡した事故が起きた。事故が起きた十字路は事故多発地帯であるが、警察側はこの事故に対して「道路利用者は交通ルールを守り、大型車の死角や内輪差に注意し、事故を防ぐ必要がある。また、速度検知や技術的な取り締まりを強化していく」との旨のコメントを残した。

これに対し、「高雄好過日」協会は、「繰り返される交通死亡事故は、弱者のせいにすべきではない」と題する投稿をし、1.この事故は速度違反とは無関係である、2.大型車の死角問題は道路設計や車両設計で解決すべき、3.事故回避の責任は交通弱者に押し付けてはならない、と指摘した。下の図は高雄好過日協会が提案した道路設計の改善案だ。

(引用:Facebookページ高雄好過日協會、図製作劉航遠、2022/6/26の投稿

次に台湾交通部の炎上事件を紹介する。2020年6月、台湾の元交通部部長(日本の国土交通省大臣にあたる)林佳龍が出演した一つの交通安全教育動画が物議を醸した。

この動画は、林佳龍元部長が高齢者に対し歩行時の交通安全意識を伝えるという内容だ。「大型車には死角が多く、内輪差があるため、大型車を見かけたら3歩退きましょう」といった内容だ。これは一見間違ったことを言っていないが、この動画の内容は台湾で多くの人に批判された。批判の内容は、「歩行者に責任を押し付けるな」「台湾は歩行者より自動車の利益を優先させるのか」「その前に歩道をちゃんと整備しろ」といったものだ。

これら批判に対し、交通部は動画の意図は決して「人は車を譲る」ことを教え込む目的ではないことを釈明し、交通部の立場はあくまで「歩行者優先」であることを強調した。しかしこの動画が問題視されている時点で、やはり行政が歩行者に「防衛的歩行」を教え込むことに、多くの不満が蓄積されていることがわかる。

文字数の関係上これ以上列挙しないが、他にも交通部が開く道路安全の記者会見など、上記のような行政の姿勢は度々問題視されている。これらに対して、交通問題に取り組む劉亦はこう指摘する:

“なぜ(行政は)高齢者に「防衛的歩行」を指導するのか。それは自動車の「攻撃的運転」が容認されているからではないか。自動車に「歩行者を守る運転」を教えるべきではないのか。”

(引用:https://opinion.udn.com/opinion/story/122307/6422821?fbclid=IwAR1wQxejxQr9R4SQHP3jGSiIhyKj5XcjdaqTXYoW7HOYfgDACvfIzVOFsk8

 

・神秘化

次に、②神秘化についてだ。これはつまり、交通問題に対し、神秘的(超自然的)な現象に原因を求めるところだ。例えば、事故にあった際「運が悪い」「祟りがある」などと考えるところだ。

私たちは生きるにあたり、ある程度見えない力に頼ることがある。これは人間社会において普遍的な行為だ。交通環境に関して言うと、例えば、台湾においては日本と同様、交通安全のお札(ふだ)をもらい、車にかけたりしている。しかし、上記の「意外」と言う表現を指摘したように、「運が悪い」などと帰結することは、他の具体的な外部環境の問題を軽視することになる。

有名な事例を一つ紹介しよう。台湾の花蓮県政府は、毎年約3000万台湾ドルの予算を組み、各宗教団体(佛教、道教、プロテスタント、カトリック、原住民祖霊など)を誘致し、「五教合一」と題する県を挙げた大きなお祈り活動を行う。

講堂にいる人たち

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図:五教合一祭天祈福遶境活動(引用:花蓮県政府)

 

そして、花蓮県政府が2021年に可決した予算案では、「五教合一」活動に1800万台湾ドルの予算を追加し、道路安全をお祈りする「路祭」を行おうとした。内容としては、花蓮県で交通事故が発生した道路で儀式を行い、道路にある「祟り」を鎮めるといったものだ。

このことが発覚してまもなく、花蓮県政府は多方面から「祈る前に道路環境の改善に税金を使え」といったバッシングを浴びた。結果、圧力に耐えられなくなった花蓮県政府は「路祭」を取り消したのであった。

以上、個人化と神秘化について紹介してみた。もちろん全てがこの二つの分類に当てはめることはできないが、このように提示したのは、やはり台湾における交通問題の責任の行方は度々私的な次元にとどまっていることを指摘したい。

また、台湾の交通環境を論じる時、よく「モラル」や「文化」の問題として扱われる傾向がある。もちろん文化的な問題もあることは私も重々承知だ。しかし、ただ単に「台湾の国民性は〜だから」と言うのは、議論をぼやけさせる危険性を持つ。

ここで言いたいことは、意識批判だけでなく、意識を規定しうる外部環境も指摘しなければ、根本的な問題解決につながらないことだ。つまり、私的な次元を超えて、制度設計/道路設計/都市設計を行う主体である行政に責任を問わなければならない。

 

●解決の道筋-3E対策

台湾では様々な要素が絡み合い、今の劣悪な交通環境を作り出している。ではこれに対しどう考え、何を求めるべきか。

1950年代日本で交通戦争が問題視され始めた頃、関係者の間で交通安全の対策として「3E対策」を提唱した。3Eとは以下の三つを指す。

・Engineering(交通管理・交通工学的手法)

・Enforcement(法の執行)

・Education(教育)

まず、Engineering(交通管理・交通工学的手法)とは、交通安全施設等の整備、交通情報の提供についてだ。例えば信号機、道路標識、歩道、区画線などの設置がある。次にEnforcement(法の執行)は、具体的に交通指導、取り締まり、交通事故事件捜査がある。最後Education(教育)は、運転者教育(免許試験、講習)、歩行者や自転車の利用者教育などがある。この3Eを交通安全対策の三位一体なものとし、良質な循環を目指すというものだ。

私は公共政策の専門ではなく、そして文字数の関係上、ここでは3Eに関する提言を網羅的に行うことができない。ただ、この3Eの視点を台湾の現状に照らし合わせると、いくつか歪な現象が見えてくる。以下ではそれを紹介していく。

 

・台湾人の成人式:バイク免許試験

台湾人は18歳になると、一斉にバイク(50~250ccの二輪)の免許試験を受けに行く慣習がある。これに関して後述するが、台湾で生活するにあたり(特に台北以外)、バイクは移動のための必要不可欠な乗り物である。よって18歳を節目に、人々はバイクの免許を取り、自立して移動できる「成人」となっていく。

興味深いことに、台湾では教習所に通わず、大体の人は一発試験で受け、免許を獲得してく。逆にバイク免許を取るために教習所に通うと笑われる節がある。さらに、台湾ではバイクを運転してバイク免許の試験会場に向かう人もいる、これはもはや一つの風物詩となっている。

図:二輪運転免許の試験を待つ若い受験生たち(筆者撮影)


 

これらは日本人からすれば不可解なものだろう。

日本で250cc以下のバイク試験を受けるのならば、15万〜20万円弱という多額の金額を払い、長い技能・学科教習を経てから免許を所得する。しかし、台湾では18歳になれば、教習所に通わず、2日ほどかけて自分で学科の内容を丸暗記し、250台湾ドル(日本円1100円ほど)の受験費用さえ払えば受験でき、大体はそれで免許を獲得していく。ここ数年で台湾政府は徐々に運転免許試験の難易度を上げているが、やはり他国と比べるとその取得コストは圧倒的に低い。

また、日本では免許取得後、2、3年に1一回ほど免許の更新を行い、交通安全講習を受ける必要がある。逆に台湾では車・バイクの免許を取得したら、更新する必要がなく、半永久的に使える。

これらで明らかになったのは、Education(教育)の側面にあたる運転者教育制度の不備だろう。台湾の交通部公路総局の統計によると、2020年の台湾で二輪運転免許保有者数は1497万人に達する。そして、台湾の2020年の交通事故件数は約36万件であり、その中でバイクと関係する事故は約20万件と全体の半数以上を占めている。こうしたバイクの事故率の高さは道路設計や都市設計にも問題があるが、やはり大きな要因となる運転者教育制度を見直さなければいけない。

 

・台湾の歩道=無料駐車スペース

次に、Engineering(交通管理・交通工学的手法)についてだ。台湾では信号機の秒数、区画線標示、標識、歩道の設置などの道路設計に関して、多くの問題点を挙げることができる。ただこれはケースバイケースであり、言い出すとキリがなく、これはやはり現地に住んでいる有識者が積極的に提案を行う必要がある。よって本稿では前編でも示した通り、歩行者の立場にたって、歩道の設計に関して考えていきたい。

台湾の歩道は「標線式歩道」というものが多い。この標線式歩道とは、道路の端に線を描き、緑色に塗り、「歩道(人行道)」と書いたものだ。私もよくこの標線式歩道を利用するが、やはり何も守りがない道路沿いを歩いているだけで、あまり歩道で歩いている実感はない。私の至近距離で車両は通っていき、さらには車両が堂々と標線式歩道で通行していることもある。実際、この標線式歩道は歩道の機能を果たしているとは言い難く、ひいては自動車の無料駐車スペースと化している。

道路, 建物, ストリート, テーブル が含まれている画像

自動的に生成された説明

図:台湾の標線式歩道と駐車違反のバイク(提供:我是台灣行人 I’m a pedestrian in Taiwan

台湾の街中で歩いていると、後ろから来る車両に注意したり、違反駐車の車両を避けたりと、いつも何かに警戒する必要がある。そのためにも歩道は不可欠だが、ただ路面を着色したものでは物足りない。やはり、歩道を立体化したり、ガードレールを設置したりと、物理的に歩行者と車両を分ける必要がある。

もちろん台湾でも立体歩道はあるが、前編でも示した通り、そこには電柱、地上変圧器、無断駐車しているバイクや車など、障害物で溢れている。これは主にEngineering(交通管理・交通工学的手法)の問題だが、同時にEnforcement(法の執行)の問題にも当てはまる。

 

・「大駐車違反時代」「駐車違反地獄」に突入する台湾

最後にEnforcement(法の執行)についてだ。ここでは、台湾の駐車違反とその取り締まりをめぐる出来事について紹介する。

台湾の駐車違反問題は深刻だ。実際街中を見てみると、ところどころ駐車禁止が明示されている路上で自動車が堂々と停まっている。路上での違反駐車により、道幅が狭くなり、道路混雑の原因となるのは自明だ。

しかしそれだけではなく、違反駐車は「ステルスキラー(見えない殺し屋)」とも呼ばれ、駐車車両への衝突や、駐車車両によって危険が察知できなくなるなど、交通事故を起こす大きな要因でもある。実際台湾では数えきれないほど多くの事故は、違法駐車によって引き起こされた。

台湾警政署(日本の警察庁にあたる)の統計によると、2020年台湾での駐車違反の検挙件数は約520万件に上り、道路交通違反全体の中で最も大きな割合を占めている。これまで、台湾では個人単位で違反駐車を始めとする交通違反を通報することができた。2020年の統計では、個人による交通違反の通報は約600万件に上る。このありえないほど高い数字は、言うまでもない、警察による取り締まりの機能不全を顕著にしている。

2022年の4月末、政府は交通違反の通報に関する規定を改定し、個人単位で駐車違反を通報することができなくなった。この改定の背景として、政府は、①個人による悪意を含む通報が増えている、②警察側の負担が大きすぎる、と述べ、この改定により約200万件の通報案を減らせると見込み、警察側の負担を大きく減らせるとのことだ。

この改定は大きな反発をくらった。多くの人は、この改定によりこれから台湾での駐車違反はさらに横行し、「大駐車違反時代」「駐車違反地獄」に突入すると危惧した。七7月現在、この改定が施行されてまだ間もないが、インターネット上ではすでに違反駐車が明らかに増えたと言う声があがっている。これからしっかり調査していく必要があるだろう。

ただここで強調しておくべきなのは、現場で取り締まりをしている警察も多くの困難に直面している。現状、台湾では警察が積極的に取り締まりを行うと、「民怨(人民の恨み)」を買う恐れがあるのだ。

例えば、とある熱心な警察官は、積極的な取り締まりを行なっていたが、それが現地住人の反感を買い、派出所に電話が殺到し、直接派出所まで出向いて抗議する住人まで現れた。結果この警官は左遷され、遠くの派出所まで飛ばされたのだった。この件以外にも、「不景気だからもう少し見逃してやれ」と、現場で勤務する警官は上層や市議会議員にも圧力をかけられたりする。

以上のように、台湾のEnforcement(法の執行)における問題はとても複雑だ。また、違反駐車に関して言うと、警察の取り締まりの問題だけでなく、運転者教育はもちろん、その他に、車両数に対する駐車枠が少なすぎることも問題だ。

新北市の例で言うと、約100万台の登録されている四輪車に対し、合法の駐車枠は80万枠しかない。二輪車はさらにひどく、その登録台数は約220万であり、それに対し合法な駐車枠は30万枠のみである。それに加え、台湾では日本の車庫法のようなものはなく、自動車を購入する際、駐車場の所有は義務付けられない。

以上、3E対策で浮かび上がる現象を振り返った。実際、現在の台湾で多くの人たちが行政に対し、この3E対策を喫緊な課題として強く求めている。

ただより抜本的な改革を構想するにあたり、これからは車を本位とする社会そのものを見直さなければならない。これは最後の部分で言及する。

 

●バイク利用者の怒り

Photo Credit: Reuters /達志影像

次に台湾のバイク問題について考えたい。台湾の交通環境を語る際、バイクの問題は避けて通れない。

台湾に来たらすぐに体感できることだが、台湾のバイクは異常なほど多い。台湾行政院の統計によると、2020年のバイクの登録台数は約1400万台に達する。では、なぜここまでバイクが多いのか。台湾人がバイクに乗るが「好き」だからか、それともそれが「文化」だからか。

これに関して、Facebookページの「台灣 步行者地獄Taiwan is a living hell for pedestrians」は、台湾のバイク利用に対して鋭い指摘をしている:

“バイクは「クルマより小さい」「機動性に富む」という理由で、日常の移動手段として圧倒的に大衆の選択肢となっているのは理解できるだろう。しかし、ほとんどの台湾人が無意識のうちにバイクを選んでいることは、決して台湾人が「生まれつき」バイクに乗るのが好きだから、またはバイクに乗る「DNAが適している」からではない。それは、他に「より便利な」選択肢がないため、「乗らざるを得ない」選択をしているのである。”

(引用:台灣 步行者地獄Taiwan is a living hell for pedestrians。2022/05/22の投稿

つまり、台湾では、バイクに乗ると言うより、環境により「バイクに乗らされる」のである。言い換えると、台湾のバイク保有率の高さは、公共交通機関の欠如の裏返しである。

2019年台湾の行政院の統計によると、台湾全体のバイク普及率は84.15%であるが、台北市はたったの63.27%だった。この数字が物語るのは、やはり台北では他県より、地下鉄やバスなどの公共交通機関が充実し、バイクに乗る必要がないことである。

また、上記のデータでも示した通り、台湾ではバイクと関係する事故は全体の半数以上を占めている。バイク利用者も、事故を引き起こす主体でありながら、台湾の劣悪な交通環境の被害を被り、ある種の「弱者」とも言える。実際、台湾では車を優先とした道路設計が多く、二段階左折、車専用車道の設置など、バイクを追いやる交通政策を行っていると指摘されている。こうした行政の姿勢は度々民間からの反発を受けている。

今年に入ってすでにいくつかバイクに関する出来事がある。例えば5月には台北交通局の炎上事件や、7月のバイク利用者のデモがある。ここでは後者について触れておこう。

7月9日、バイク利用者の権利団体、交通安全団体と時代力量(台湾の政党)の議員らは、台北で「交通戒厳令解除」と題するデモンストレーションを行なった。デモの参加者はバイクに乗りながら参加し、台北の道でシュプレヒコールをしながら走行しした。デモ隊は政府に対し五つの要求を行なった。その内容は道路設計における「バイク利用者差別」の改善を求めるものであった。

当日はかなり暑い日であったのにもかかわらず、現場には約5000人がバイクに乗りながら集まった。デモ隊は最後、総統府の前で集まり抗議し、冥銭(あの世の人に送るお金)を空に撒き、交通事故によって亡くなった命を弔った。

本稿では具体的に道路設計上の問題には触れないが、これらのことから、やはり台湾では車を主体とした道路設計が行われていることがわかる。こうした現状に対し、どういう考えが必要だろうか。最後に、車を本位とする都市設計そのものの問題について紹介したい。

 

●「クルマ社会からの脱皮」を目指して

日本の国土交通省は2001年、「クルマ社会からの脱皮」と題する基本方針を明らかにした。その内容は以下の通りだ。

“自動車の利用には、不可避的な要素として環境問題、交通事故、道路交通混雑といった負の側面が伴う…(中略)…これまではこうした負の側面に対し根本的な対策がなされないままに自動車の利用が進んできたが、経済優先から生活の豊かさを重視する時代を迎える今、このようなクルマ社会にこれ以上手をこまねくことは許されない。

このため、自動車が人々の生活を脅かすことなく、真に豊かな生活をもたらすものとなるよう、その利用状況や利用に伴う影響を絶えず点検し、自動車交通の負の側面の是正策を果敢に講じることにより、安心感がある新しい交通システムを実現すること(「クルマ社会」からの脱皮)が必要である。”

(引用:国土交通省。https://www.mlit.go.jp/kisha/oldmot/kisha00/21koutu/tosin4_.htm

台湾でも、これまで短期的な利便性や経済利益を求め、車を優先とした都市設計を行なった結果、そのツケが今に生きる私たちに回っている。そして主にその被害を被るのは、移動が不便な人や、クルマが買えない人たちだ。クルマ社会の劣悪さは、人の身体と環境を破壊するだけではなく、貧富の格差を再生産していく。また、多くの研究でも示された通り、貧困と事故には深い相関関係がある。

今、台湾で多くの人が、「人間本位の交通(人本交通)」を唱え続けている。彼ら彼女らは、「クルマ社会」からの脱却を求め、「人間社会」を取り戻そうと努力をしている。政府はこれら意見を汲み取り、果敢に改革していく必要がある。

 

●終わりに

本稿の前編が掲載された直後、想像以上の反響をいただいた。前編を読んだ方が、中国語版に訳していただき、近頃中国語版が掲載された。日本語版と中国語版の記事がFacebookでシェアされた回数を合計すると、約1000件にものぼった。書き手としてはこの上ない喜びである。

私は前編の記事に対する多くのコメントを読み通した。そこには、一人一人の交通事故に遭った痛々しい経験や、大切な人を亡くした苦しい思いがあった。こうして記事が逆輸入の形で受け入れられたのは、やはり台湾に住む人々にとって、現状に憤りを持っているのが現実だ。

新しい社会を誕生させるには必ず痛みを伴う。長期的な視野で人間らしい環境を獲得していくためにも、必ず短期的に誰かの「便利さ」を奪うことになる。

仮に政府が車庫法の制定、取り締まり厳格化、免許取得厳格化などを行うのなら、一定数の人の利益と衝突する未来が見える。どの政府も民衆の声に敏感だから、反発を買わないためにも、やはり大きなリスクを取ることはできまい。

そのためにも、台湾にいる私たちは、局所的に散りばめられた交通環境への悲しみや怒りを集約させ、政権に影響力を持つ民意を作っていく必要がある。交通環境を改善したいことは、ただ一人一人の命を大切にする考えだ。そこにはイデオロギーを問わず、多くの人が連帯していけるものだと私は信じている。

私は、いつかこの「戦争」が終わることを願い、台湾で闊歩できる未来を待っている。

 

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