2022-07-12 ライフ

年齢に関係なく達人技も身に付く? 奥深き武術「推手」の世界

注目ポイント

さまざまな中国武術の練習法である「推手」を競技化した競技推手。日本ではマイナーだが、台湾では全国大会や世界大会が開かれ、中華民国全民運動会にも採用されている。その競技推手の第一線で活躍する日本人は、地元選手からも一目置かれている熱意の人だ。競技にとどまらない推手の魅力を聞いた。

最小限の力で相手の重心を崩す

台湾では国民の誰もが参加できるスポーツイベント「中華民国全民運動会」(全民運)が2年に一度開催されている。

オリンピックやアジアンゲームズに採用されていない競技や種目が実施され、綱引きやドッジボールのように日本でもおなじみのものから、日本では“中国相撲”とも呼ばれる摔跤(シュアイジャオ)や、龍舞や獅子舞を競技化した龍獅運動、ドラゴンボートレースなど、台湾ならではの競技も行われている。

そんな全民運の頂点を目指し、「競技推手」の修行に励んでいるのが台北在住の武術家、葛西眞彦さんだ。

推手とは最小限の力と動きで、相手の重心を崩す技術を培う中国武術の練功法で、日本でも愛好者の多い太極拳をはじめ、さまざまな流派で伝統的に行われている。葛西さんによると、推手は下記の3つに大別できるという。


  • 競技推手:推手を競技化したもので、2人の競技者が互いに手を合わせた状態から相手を崩し合い、投げてポイントを得ることで勝敗を決める。「定歩」と「活歩」という競技スタイルがある。動画は2016年10月、台湾で行われた競技推手の世界大会で、3位入賞した葛西さんの試合。下のリンクは2019年の冬季全国大会で最重量級に挑戦し、体重差55kg、140kgの最重量選手と熱戦を繰り広げた決勝戦の模様。

2019年全国大会決勝戦140キロ対85キロ、体重差55キロ対決

  • 養生推手:競技推手とは違い、年齢や性別に関係なく、無理なく実践できる伝統的な推手の練功法。健康増進につなげられることから、生涯運動として取り組まれている。
  • 自由推手:競技推手と養生推手の中間に位置し、自由に相手を崩し合う攻防を展開する。競技推手よりも安全面に配慮されているため、年配の人でも取り組みやすい。

台湾では1970年代から全国大会など競技化が進められ、1990年代に入ると世界大会も実施されるようになった。ただし、いずれの大会とも格が違うのが全民運だと葛西さんは強調する。

「日本で言えば“国体”(国民体育大会)のようなものですが、台湾人にとっては意味がだいぶ変わってきます。優勝すれば賞金が出ることもそうですが、名誉あるアスリートとして社会的な評価を受ける。ですからその大会だけに人生を懸けている人もいます」

 

刑事を辞して台湾へ。今では教えを請われる立場に

実は葛西さん、全民運だけにしか出場しない強豪選手と戦いたいという一心で、2020年には台湾への帰化手続きを終えている。全民運の参加資格は台湾国籍保持者に限られるからだ。

キャリアも異色と言うべきか、日本在住時は知能犯の取り締まりや、覚せい剤や暴力団など組織犯罪を担当していた元刑事。大病を患ったことで、漢方治療を受けるために早期リタイヤして台湾に移住し、1年ほどの治療で体調も回復したことから中国武術の修行を再開した。

もともと幼い頃から武道や武術を学び、現職時代も命を落としかねない危険な現場で効果的な技術を追求してきた葛西さんは、太極拳をはじめ、日本のマンガやゲームにも度々登場する八極拳や、アクションスターのブルース・リーが学んでいた詠春拳といった中国武術を修行する中で、推手の研鑽にも力を入れるようになる。

「本格的に競技推手に取り組み始めたのは、私の詠春拳の老師(先生)が台湾チャンピオンで、その姿を見ていて面白そうと興味を持ったのがきっかけでした」

ちなみに葛西さんの老師の老師、日本語で言えば“大先生”は、推手の全国大会立ち上げに尽力した人物。まさに修行に打ってつけの環境の中で、葛西さんは2016年に競技推手の全国大会で優勝すると、その後も優勝、入賞を重ね、今では葛西さんがどのウエイトカテゴリーに出場するのか、大会エントリー時に地元の選手から警戒されるほどだという。

2020年の全国大会では定歩、活歩の2種目同時優勝を果たした(後列左から3番目が葛西さん)。葛西さんの教えを請いにやってくる台湾の強豪選手も多いという(葛西氏提供)

練度を深めれば達人技も身に付けられる?

日本ではマイナーな競技推手だが、他のスポーツ同様に、台湾のトップ選手の多くは幼い頃から修行を続けている。一方で、勝ち負けとは離れた養生推手や自由推手の世界では、小学生から100歳を超える愛好者もいるという。

「養生推手なら運動経験のない人や年配の方でも大歓迎です。健康になるという目的で構いませんが、人と呼吸を合わせたり、自分の体の可動域を広げたり、何よりも相手の重心をコントロールするための感覚や技術を磨くことができるのが魅力だと思います。一度に10のマルチタスクをこなせるような感覚というか、体の感覚が非常に繊細になる」

本棚に本を入れる程度の体の動きと力で、相手の重心を崩す“撫で崩し”と呼ばれる達人技のような動きも、理論を理解し、階段を上がっていくように練度を深めれば身につけることができるそうだ。

台北では自身の修行と後進の指導に当たる葛西さんは現在、重量級から参加する同門の全民運選手たちへの指導にも力を入れている。

次の全民運は今年10月に控える。ルールの都合で葛西さんが参加資格を得られるのは2024年大会からだが、葛西さんの奥さんや練習仲間は参戦予定だ。「他の大会では見られないほど選手たちはみんな気合いが入っています。ぜひその盛り上がりを感じてほしいですね」

葛西さんは7月に日本に一時帰国し、浦和、東京、大阪、札幌でセミナーと交流会も実施する。詳細はこちらから

 

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