2022-06-15 経済

「戦争状態」にある台湾の交通環境(前編)

© Photo Credit: Shutterstock / 達志影像

注目ポイント

生涯のうちに交通事故で1回以上負傷する確率が8割に上る台湾。かつての日本で交通事故の負傷者・死者数が急増し、「交通戦争」という流行語が生まれたように、台湾の劣悪な交通環境を「戦争状態」と指摘する声も多く上がっている。活発な市民社会を持つ台湾の負の側面を、前後編に分けて掘り下げる。

最後に私の台湾の友人のエピソードを少し話したい。ある日、友人は祖母に彼が在籍している大学を案内した。案内をし終え、大学の校門から向かいの商店街を繋ぐ横断歩道を渡ろうとした。横断歩道の距離は30メートルと長く、しかしその信号機はそれに合わない短い秒数だった。信号の秒数が終わりそうになり、周りの若者が小走りで渡り切る中、足腰が不便な祖母は、赤信号になっても横断歩道に残されていた。友人は祖母を必死に急かすが、祖母の歩く速度は早くなれるわけではなかった。幸い無事に渡ることができたが、彼は祖母を急かした自責の念と、何もできなかったもどかしい思いを私に伝えた。

この話に関連してもう一つ私の観察を話したい。私が在籍している大学の前の大通りは、横断歩道が少ない代わりに、歩道橋がいくつか鎮座している。私はよく歩道橋を利用するが、建物の3階くらいの階段に登り、いつも息があがる。その際、車椅子利用者や高齢者はこれに上り下りできるのかと、よく考えたりする。実際私は歩道橋で高齢者や車椅子利用者を見たことがない、それも当然だろう、おそらく彼ら彼女らは、500メートル先の横断歩道まで移動して道路を渡っている。行く先は、実質20メートルの向かいにあるのにもかかわらず。

上記二つの話で問題提起したいのは、車を本位とする道路設計、都市設計そのものだ。もちろん、これに関しては台湾だけの問題ではない、ただ台湾の道路環境は歩行力の弱い者にとって格段と不親切であることは確かだ。歩行者の便宜を無視した信号、歩道橋、地下道が象徴するのは、自動車を効率的に通行させるという目的で行われた都市設計だ。私はここで車や運転者を批判しているのではない。ただ単に、弱い立場の人に、寄り添える環境を作れないだろうかと問いたい。つまり「自動車」ではなく、「人間」を本位とする道路設計についてだ。これに関しては後編で触れておきたい。

 

以上私の体験と今の議論やデータを交えながら台湾の交通事情について説明してみた。ここまで見れば、些か「文化的な問題」として感じ取れる側面もあるだろう。確かに台湾の交通マナーが悪いのは事実だ。しかし、私としては、マナーの問題以前に、それを規定しうる構造的な要因について考えていきたい。本稿の後編では、こうした問題意識をもとに書いていく。

後編では、まず交通問題が「文化」「個人」の問題として落とし込まれる現状を注視し、その責任主体について考えたい。次に、現在台湾で多く提唱されている3E対策案(教育Education・法制Enforcement・技術Engineenring)を吟味し、台湾の現状と照らし合わせる。そして、直近で起きた台北市交通局の炎上事件を通して、批判の対象にされてきた台湾のバイク利用者について再考していきたい。

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