2022-06-07 経済

1軒の貸会議室から始まった空間シェアリング TKP河野社長が開拓した新たなビジネス分野【日台エグゼクティブの眼-Vol.2】

注目ポイント

日台のエグゼクティブにインタビューするThe News Lens Japanの連載企画。貸会議室大手ティーケーピーは、昨年、台湾台北市で大型レンタルオフィス・コワーキングスペース事業を始めた。リーマンショック、3.11、コロナ禍と、大きな危機を乗り越えてきた河野貴輝社長の確信と決意とは

街を歩けばあちこちで目につくテナントのいなくなった商業ビル。夜になれば下の店舗は営業しているものの、上の階は電気が消えて真っ暗になっている。そんな建物を活用できないものかと考え、2005年にティーケーピー(TKP=本社・東京都新宿区)を起業したのが河野貴輝社長(49)だ。

取り壊しが決まっているビルや、ビルの空きスペースなどを期限付きなどで借り上げ、貸会議室として再利用し運営する。借り手のなかったビル所有者にとっても、短中期的に会議スペースが必要な企業にとってもウィンウィンの関係だ。河野氏は、そんなマッチメイクを可能にする〝空間シェアリング〟という新たなビジネス分野の先駆者としてTKPを成長させてきた。

慶応大学卒業後、伊藤忠商事に入社した河野氏は、為替証券部を経て、日本オンライン証券(現auカブコム証券)やイーバンク銀行(現楽天銀行)の設立に参画。その後、2005年に32歳の若さで、証券や金融とは畑違いのTKPを立ち上げた。

きっかけとなったのが、東京・六本木で取り壊しが決まっていた古い3階建てビルだ。1階のレストランだけが営業し、2階と3階は空き状態。ビルオーナーから解体までの期間、上階を有効利用する方法を相談され、借り上げたのがTKP第1号の貸会議室となった。それから17年。今や全国に2500室以上の貸会議室や宴会場を展開する。

© Photo Credit: Shutterstock / 達志影像

 

派生ビジネスで経営多角化

では具体的に、企業はその〝空間〟をどのように利用しているのか。

「社内の会議から社外の会議、イベントとか新入社員研修、(採用)内定者の内定式や採用試験などでの利用も多い」と河野氏は説明する。その過程で派生したビジネスにも着手し、経営は多角化している。

「貸会議室というのはプラットフォームですから、その上に乗っかってくる食べ物とか飲み物などケータリング、また机や椅子に始まって、プロジェクターやスクリーンなど会議をする上で必要なものまでTKPが行っています」と河野氏。また、株主総会などでは会場から外部へのオンライン配信サービスにも注力している。

そんな中で着手した事業の一つが宿泊施設だ。例えば、使用されていない企業の保養所や研修センターを借りて、宿泊研修施設として利用者に提供するというもの。さらに、あるアパホテルの宴会場やレストランをTKPが運営したことがきっかけで、09年から同ホテルチェーンとのビジネス関係が始まった。その後は客室の清掃を含め、ほぼ全てのホテル業務に携わり、「やったことがないのはフロント業務だけだった」と河野氏。

以来、TKPはアパホテルのフランチャイズ方式による運営を展開。14年の「アパホテル(TKP札幌駅北口)」の開業から始まり、東京・日暮里、同西葛西、仙台、川崎、大阪・梅田、福岡・博多、同天神、東京・上野広小路など、次々にオープンしている。

 

台湾への進出

© Photo Credit: Shutterstock / 達志影像

一方、19年にはレンタルオフィス最大手・日本リージャスホールディングスを買収・子会社化し、世界展開するリージャスグループの英国の持株会社・IWG plcと独占的パートナー契約を結び、短中期オフィス事業へ本格進出した。同年には台湾リージャスを完全子会社化した。

台湾での目玉プロジェクトの一つが昨年、台北市にオープンした大型レンタルオフィス・コワーキングスペース「SPACES HONGWELL」だ。TKPによると、IT企業を始め、製造業やあらゆる業種の企業のコワーキング需要の高まりを受け、台北市の北側、内湖エリアの地下鉄「Gangqain」駅から徒歩5分の交通至便なオフィスビルの11階と12階区画(3305.79平方メートル)を「SPACES HONGWELL」として出店した。

内湖エリア進出の理由について同社は、「近年ITビジネスの集積エリアとして、またサイエンスパークとして開発され、IT企業をはじめとして、製造業などあらゆる業種の企業が国内外から集まっている。このことから、地元の企業をはじめとする拠点・支店の開設やサテライトオフィスなどの需要の高まりを見込んでいる」とした。

また、「出店場所の近辺には大きな公園や銀行、ショッピングモールや飲食店などの商業店が多く集まり、ビジネスとレジャーが共存するエリア」と恵まれたビジネス環境も指摘した。

台湾リージャスの稼働率は好調で、現在は台北に14か所の貸会議室など計7161坪(2万3672平方メートル)のフロアスペースを持ち、今後はさらに拡大していく方針だとしている。

一方、20年になると、想像もしなかった新型コロナウイルスによるパンデミックが世界を襲った。多くの企業同様、河野氏も「コロナ禍は大変でした」と振り返る。そんな中で、「この2年間はオンライン配信に特化したサービスを提供してきた」と説明。リモートワークに切り替わった企業のニーズに対応すべく、会議などの配信に活路を求めた。だが、貸会議室などを契約しているスペースでは利用者がいなくても家賃は発生するため、全て赤字となった。

パンデミックが始まる直前だった20年2月期の連結売上高は543億円だったが、今年2月期は同446億円となり、2年間のコロナ禍で売上は約100億円減少した。

それでも、3月には「まん延防止等重点措置」も解除となり、日本の経済活動は徐々に通常運転に戻りつつある。TKPも2月期第4四半期の決算説明会では、連結売上高が118億円で、営業利益は2億円となり、「ようやく連結黒字で着地できた」(河野氏)とし、来年2月期にはコロナ前に近づく売上高510億円を見込んでいる。

 

リーマン・ショックも3・11の危機も乗り切る

実はTKPにとってコロナ禍は初めてのピンチではなかった。

河野氏の著書「起業家の経営革命ノート」によると、創業以来、初めての深刻な危機は08年9月のリーマン・ショックだった。日本経済は大きな打撃を受け、新卒採用見送りなど、企業の経済活動が大幅に鈍化。「TKPの貸会議室は1か月で5億円ものキャンセルが生じていった」という。

そんなピンチの中で河野氏はあえて米国を訪れ、サンフランシスコ、ラスベガス、ロサンゼルス、ニューヨーク、ワシントンと西から東へ2週間かけて視察。「アメリカの不況が実際はどんなものか、この目で確かめようと考えた」というのだ。その結果、日本で米国の不況が報じられていたのは西海岸など一部の地域だけで、「アメリカ全体としてはむしろ景気がいいほどだった」と同著でそう記している。

日本経済も大丈夫だと確信した河野氏は、リーマン・ショックで急降下していた不動産市場を背景に不動産オーナーと家賃の引き下げ交渉に成功し、貸会議室の時間貸単価を30%引き下げた。すると、窮地を脱するどころか、リーマン・ショックから半年後には売り上げが1・5倍になった。

TKP2度目のピンチは11年の東日本大震災だった。

この時もリーマン・ショックと同様、毎月5億円近いキャンセルが続いた。だが、「日本は必ずこの危機を乗り越えて復活するだろうという確信」と「ピンチのいまこそチャンスに変えていこうという決意」のもと、同社は東京集中から地方分散へと新たな経営方針を打ち出した。

結果として11年には東京エリアの売り上げが全体の80%だったものが、翌年には65%、15年には60%と比率が下がり、地方での展開が進むと同時に全体の売り上げも上昇カーブを描き始めたという。河野氏は「震災というピンチが、TKPを強くする結果につながった」という。

それはようやく出口が見えたコロナ禍の今の状況も同じだ。

TKPの強さは不動産を所有はしていないため、より便利な場所に借り換えることができるフットワークの軽さがある。例えば、同社は名古屋周辺にも多くのスペースを借りているが、このほど名古屋駅直結ビルの空きスペースが見つかり、契約。「顧客にとってより便利で、家賃も安くなるという一石二鳥」を実現した。

また、札幌丸井三越や大丸福岡天神など、集客に苦しむ百貨店の空きスペースもTKPは大型貸会議室などとして活用。東北最大級だった大塚家具仙台ショールームも、TKPと子会社・日本リージャスが運営する貸会議室やシェアオフィスなどの総合ビジネスセンターに生まれ変わった。

 

社会の問題を解決できる会社に

今後、企業としてTKPの将来像をどのように描くのか。

河野氏は、「TKPは全国に場所を持っているので、その場所を通じて社会の問題を解決できる会社にしていきたい」と語る。実際、コロナ禍では、TKPは契約している全国の施設を「一瞬にしてワクチン接種センターに変えることができた」と実例を挙げた。時代と社会のニーズにマッチした臨機応変さがTKPの最大の武器だ。

 


【日台エグゼクティブの眼】は、台湾へすでに進出している日系企業や、ビジネス展開を視野に入れている日本企業、日本での事業に注力する台湾企業のエグゼクティブから、トップが持つべき視点やリスクへの心構え、将来の展望などを聞くThe News Lens Japanオリジナルの連載企画。

 

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