注目ポイント
中華圏で最も歴史の長い映画祭である金馬賞。その映画祭で昨年、 主要賞3つを総なめした『アメリカンガール』。主人公であるアメリカ育ちの「ファンイー」は母の病気をきっかけに台湾に帰郷する。しかし、彼女を待ち受けていたのは文化と言葉の壁であった。現実と理想の間で揺れ動く彼女のアイデンティーに注目。
1962年から始まる台湾の金馬賞は中華圏において最も歴史の長い映画祭である。2018年に最優秀ドキュメンタリー映画に選ばれた『私たちの青春、台湾』の監督フー・リーが授賞式で「台湾独立」について熱弁を振るったところ、中国本土からの作品参加はなくなってしまったが、中国本土や香港、シンガポールなどの映画人にとっては今なお特別な存在である。金馬賞の歴史を辿ることは台湾の映画史だけではなく、時代の流れを辿ることでもあった。
例えば、昨年度の金馬賞で最優秀新人監督賞や最優秀新人俳優賞、最優秀撮影賞を総なめし、さらに非公式ながらも実質的な最高人気賞である「観客賞」を受賞した『アメリカン・ガール』。同映画は今年の台北映画祭においても10部門で12ノミネートを果たし、快進撃を果たしている。台湾なのに、アメリカン?と首をかしげる人もいるかもしれない。その疑問の答えは、本作のストーリーにある。
2003年、SARSが流行する中、少女ファンイーは母親のがん治療のために、長く暮らしていたアメリカから台湾に戻った。アメリカではオールAの優等生だったファンイーは台北の名門女子校に入学するが、立ちはだかる言葉と文化の壁を前にして挫折してしまう。厳しい校則や暗記、体罰に代表されるような教育システムは多感な心身にとって苦痛でしかなく、呑気な妹にもかまってやれなくなる。一方、病の身である母親は未来に対する不安が深まり、数年間海を隔てた夫との間にも見えない溝ができてうまくいかず、つい娘にきつく当たってしまう。ファンイーにスポットライトを当てると、本作は親子の軋轢を中心とした青春映画のように見えなくもない。しかしながら、それだけではないところに、本作の凄さがある。
「アメリカン・ガール」とは劇中、周りのからかいからファンイーにつけられたあだ名であるが、同時に母親のことをも指しているように考えられる。ファンイーの母親は外資系企業での仕事を辞めてまで幼い子どもを連れて渡米し、父親は一家の生活費を稼ぐために台湾に残る。より豊かな人生を夢見て、彼らは愛する相手の手を放し、新天地で再スタートしようとした。これは何も特殊なモデルではなく、当時の台湾家族によく見られるケースであった。アメリカンドリームを抱いた1950、60年代生まれの親世代にとって、アメリカ行きはより良い生活への切符である。夢を叶えるために、母娘三人はクーポンを使いこなして切り詰めながらも、何とか希望の地に留まろうとした。