注目ポイント
日本と台湾の「防災」に対する意識や新しい動きを探る連載企画「日本と台湾の〈そなえ〉」。初回は台湾全土を挙げて40年以上実施されている防空演習を取り上げる。台湾への旅行時に遭遇した経験がある人もいるのでは?
日中の30分間、街が無人になる
「有事を想定した訓練」といっても、日本で暮らす多くの人には縁遠いだろう。国は地方公共団体などと連携して国民保護訓練を実施しているが、市民が関わることは稀で、実施地域も限られている。
一方、台湾で年に一度行われる「萬安演習」は、有事を想定して全土で行われる大規模な防空演習(訓練)だ。正式名称は「軍民聯合防空演習」で、戒厳令下の1978年に始まった。
台湾国防部(国防省)は、空襲などの緊急事態が発生した際の市民の対応の練度を高めて、国民の生命・財産の安全を確保するための演習と位置付けており、軍が中国軍の侵攻を想定して定例で行う軍事演習「漢光演習」と同時期に実施されることが多い。
演習は日中の30分間。「警報声号」(防空警報のサイレン)が鳴り、個々人の携帯電話にも警報メッセージが送信されると、演習のあいだは屋外での行動が許されず、鉄道は運行されるが、自動車やバイクなどの交通も制限される。
人目につきにくい路地裏では出歩く者がいたり、世間の注目を集めようと突飛な行動を取る者も現れたりするが、規定に反して演習に協力しない場合は、民防法第25条に基づき3万元から15万元(日本円で約13~65万円)の罰金が科される。
日常と隣り合わせにある脅威
「子どもの頃から当たり前に存在しているもの。だから、外出できなくて面倒という感覚もないし、規定を破ろうとも思わない」
台東県で暮らす30代の台湾人女性がこう語るように、多くの市民にとって萬安演習はことさら特別な行事ではない。
昨年9月の演習(萬安44號)は13時30分から14時まで実施された。例年、演習は日中に行われるため、勤め人なら仕事場、子どもたちは学校で参加することになり、屋内では昼食を取ったり仕事や勉強をしたりと、普段と変わらない日常が続いている。
ただし、屋外に広がる光景は、やはり異様だ。台北を拠点に活動するヴィデオ・アーティスト、袁廣鳴(ユェン・グァンミン)は、萬安演習を題材に「日常演習」という作品を制作している。2019年に愛知県で開催された国際芸術祭「あいちトリエンナーレ」にも出品されたヴィデオインスタレーションでは、防空警報のサイレンとともにドローンがとらえた萬安演習の最中の台北の様子が映し出される。
人、自動車、バイクで賑わっているはずの大都市が無人の街と化した姿。新型コロナ対策の都市封鎖(ロックダウン)の報道で似たような光景を目にする機会は増えたが、不穏なサイレンが鳴り響く街の映像は、日常と隣り合わせに脅威が存在する現実を突き付ける。