2022-05-20 特集記事

現地取材で内地出身の新人記者が直面した沖縄の壁

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注目ポイント

新卒でとある報道機関に就職したA子さんは、配属で沖縄支局に勤めることになる。そこで待ち受けていたのは、内地では体験することはない沖縄独特の問題であった。取材するにも様々な壁が存在する沖縄で彼女が体験したこととは。

2007年に新卒である報道機関に就職したA子さんは、配属で沖縄支局にいくことになった。行く前に何冊か沖縄問題に関する本を読んだりしたが、正直、そこまで大ごとになるとは思っていなかった。しかし、行ってみると、何十もの歴史が折り重なった複雑で、ある意味、日本の縮図のようなところだった。そこから、A子さんの新人記者にしては重い、悪戦苦闘が始まることになる。

「沖縄に配属されていたのは私を含めて2人でした。もう一人はベテラン記者でした。普通、沖縄にはベテラン記者か、沖縄問題に深く関心のある記者が志願して配属になることが多いようです。正直、当初の私は何も考えていませんでした。無知で、取材していくにつれて、ヤマトンチュ、ウチナーンチュという区別があるんだな、くらいに思っているだけでした。しかし、取材を深く進めるにつれて、この沖縄という土地でジャーナリストであることの難しさを感じるようになりました。というのは、ジャーナリストは、建前でも、客観的、中立でいなければならないというルールがありますが、ここはそういうふうにはいさせてくれないんです。あなたは革新なの?保守なの?、沖縄なの?日本なの?、アメリカなの?日本政府なの?、どっち側の人間なのという誰も問うてはいないんだけど、常に問われているような感じが空気としてある。何の事象を斬ろうとしても、そういうイデオロギーの問題が圧力として立ち塞がってくるんです」

ある会見では、沖縄出身の政治家に何気なくした質問で、その政治家の顔色がみるみる凍っていくのを目の当たりにした。

「私が何気なく話題の共通点を見つけるために、ある単語を口に出したんですが、そうしたらその政治家の顔がみるみる凍っていって。もちろん、私に他意がないことも分かった上で。向こうも政治家ですから、冷静に対処してくれたのですが、その単語にはこういう文脈があってというのは、後から気づいて、私の血の気が引きました。それから、私は、何か書いたり、発言したりすることに、とても慎重になってしまいました」

そんなときに、取材で取り上げた事件の記事が大きな問題に。

「その事件の第一報は、寝ていたんですけど、デスクの電話で起こされて。それから取材を続けていて、警察署で何度目かの事件のレクを聞いていたときに、最後の質問で、私が何気なく、「被害者と加害者が出会った状況が分かれば教えてほしい」と言ったんです。そうしたら、「被害者のほうが先に声をかけた」という回答だった。それは新情報だったので当然記事にしますよね。そうすると、ウェブやメディアの中で、被害者から声をかけたのだから自業自得だみたいな大きな世論につながってしまったんです。結局、最後には、被害者側が告訴取り下げという顛末になったんですけど、そのことにとても責任を感じてしまって。別に私が責任を感じる必要はないし、私が報じなくても、誰かがのちに報じたと思うんですが、それを機に、私は記事が書けなくなってしまったんです」

その後、A子さんはその報道機関を退職、今は別の職に就いている。

何かを取材して書くと言うことの責任の重さは、どこの地域でも一緒だが、沖縄では、これまでの複雑な歴史ゆえに、それがより、重く感じられると言うことだろう。その責任を背負うには一年生記者には、ことのほか荷が重かった。先ほども述べたが、あらゆる二元論を突きつけられて、自分と向き合わされる。そんな場所が、沖縄なのである。

 

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