2022-03-04 経済

世界をリードする台湾半導体産業の本質に迫る。日台の協業によって見えてくる未来とは。------【東京台湾貿易センター陳英顯所長 特別インタビュー】

© Photo Credit: Reuters / 達志影像

半導体の受託生産で世界最大手のTSMC(台湾積体電路製造)が日本で脚光を浴びている。かつて世界で覇を唱えた「日の丸半導体」は凋落し、技術や人材など多くの面で日本を追う立場だった台湾IT産業の雄が、世界的な半導体不足や経済安全保障の側面から危機感を強める日本政府から三顧の礼で迎えられ、最大4000億円という巨額の補助金を引き出す異例の形で日本に生産拠点を置くことに応じたのだ。半導体分野で日台のパワーバランスが変化するなかで、台湾は「ものづくり立国・日本」をどう見つめているのだろうか。台湾貿易センター東京事務所の陳英顕所長に話を聞いた。

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――TSMCをはじめ、台湾のIT産業には近年勢いが感じられます。

「新型コロナウイルスの影響で世界各国がマイナス成長を余儀なくされるなかで、台湾の経済成長率は2020年に3.1%、2021年には6.4%と堅調に推移しました。一人あたりGDP(国内総生産)は初めて3万米ドルを超え、スペインやポルトガルよりも高い水準にまで到達しました。そんななかで台湾の電子部品・半導体ICの21年の成長率は米中摩擦やコロナによる世界的な半導体不足の影響などで前年比27%の大幅増となりました。台湾企業の売上高上位10社のうち8社がEMS(電子機器受託生産)か半導体関連となっています。1兆円規模で海外と取引している多国籍企業もITを中心に広がりをみせています。ちなみにTSMCは21年の最終損益で2兆円の黒字です」

――TSMCに限らず、隠れた優良企業が多いということですね。

「はい。たとえば台湾のメディアテック(聯発科技)という会社。こちらはIC設計に強いファブレスメーカーでスマートフォンやテレビ向けにICチップを世界中に供給しています。ほかにも半導体専門商社のWPG(大聯大)は世界中に強力な販売網を構築し、2016年から業界では世界トップです。スタートアップ企業でも中小企業でも、電子部品の調達を考える際にこの会社抜きにはビジネスは語れません」

――かつて日本が世界をリードした半導体チップの微細化技術ですが、いまや10ナノ以下の回路線幅で量産できるのはTSMCと韓国のサムスン電子しかありません。TSMCはどのようにしてそうした先端技術を磨いてきたのですか。

「その要因の一つは人材重視です。TSMCでは全社員約8万人の中で博士号が5%、修士号が43%いますが、それも国立大出身ばかりです。TSMCでは一番優秀な社員が工場に配置されていますが、米国や日本の工場現場だとそうではないかもしれません。もちろん、優秀な人材を集めるわけですから給与体系も日本のメーカーとは大きく違います。本給と賞与以外に奨励金というのがあって、奨励金は賞与とは別に毎四半期支給されます。奨励金を毎月の業績に応じて毎月支給する会社もあり、その金額が本給の2倍なんてことも起きています。能力主義を徹底することで、会社の全社員の上位10%が下位10%の報酬の3倍になるような仕組みをとっています」

「それでも台湾のIT人材はまだまだ足りません。2021年12月に台湾大学は半導体産業を支える高度な人材育成のために新たに大学院を開設しました。今後10年間で修士・博士レベルで約1千人を育成する計画です」

――台湾のIT企業の戦い方にも特徴があります。

「台湾が専業分業に特化してきたことも大きいと思います。TSMCは自社ブランドで製品を製造するのではなく、他社の半導体を受託生産するファウンドリービジネスに特化した黒子的な存在です。唯一無二の製品や技術であれば、自社ブランドで戦うやり方もあるのでしょうが、人口が2300万人しかいない台湾は内需市場が小さく、いきなり海外で自社ブランドを打ち出しても勝ち目は薄い。技術は常に変化しています。ブラックボックス化しても他国にいつか追いつかれる。だったら限られた経営資源をOEM(相手先ブランドによる製造)に特化してやっていくのが妥当な判断だとも言えるでしょう」

「それから台湾企業は創業者が経営の実権を握っているのも特徴的です。経営トップが知識や経験だけでなく、技術のこともわかっていて、合議制ではなく経営者がほとんど一人で判断していることも珍しくはありません。だから経営判断が速い。

――確かに莫大な投資が必要となる半導体産業では、何に優先的に取り組むのかという経営判断が大事になのでしょうね。

「半導体の世界では一つの生産ラインにかかる投資額が85億ドル(約9700億円)必要と言われています。線幅が5ナノの最先端にもなってくると160億ドル(約1兆8千億円)ともなってきます。メンテナンスにも費用がかかり、それに人件費もかかる。黒字でも赤字でも投資の継続が必要なのですが、日本はそれができなくなった。ですが、米中貿易摩擦などで世界の秩序が大きく影響を受けるなかで、これまでのようなグローバルな分業体制は難しくなり、各国が自前でサプライチェーンを構築する時代に入りつつある。そうなってくると民間企業だけで体制を整備していくのは難しい。そうした意味で、半導体産業の復活に向けて日本政府が支援するのは正しい方向だと思います。予算規模がまだまだ足りないようには見えますけども」

――日本の人材育成という面では、台湾からはどう見えていますか。

日本は資本主義だが、大卒はみな初任給が一緒です。それは30年前も変わらない。台湾では理工系の人材は優遇され、初任給から文系に比べ少なくとも3割は高い。5年、10年とたてば、その差はもっと開きます。それはイノベーションが国の将来を支えているからです。優秀な人材は特別に優遇する必要がある。そこに平等主義は必要ありません。国が半導体産業の復活を真剣に考えているのであれば、若い優秀な人が入っていく環境整備を国と民間の双方で考えていく必要があると思います」

「私が初めて日本に留学したのが80年代です。その当時は年間約1万人の台湾人が日本に留学していました。いまは約1千人です。当時は経営・ブランド・技術・サービスのすべてで日本企業は優れていました。留学から戻ると、あちこちから声がかかりました。いまも日本は優れていますが、大学院で学位を取ろうとする留学生は減っています。いま台湾にとって一番大切なのはハイテクとデジタル。この分野は米国がリードしています。台湾は産業革命には間に合いませんでしたが、デジタル革命に間に合った。この分野で専門性を深めていくには米国に行くことなんです。」

――日本は技術力が落ちているのでしょうか。

「いえ、日本の技術力は依然として高いと思います。日本は世界トップレベルの品質の製品づくりができる会社が何百社もあります。台湾の半導体が発展しているといっても、日本の素材、装置メーカーがいなければ成り立ちません。精密機械も非常に強いですし、ケミカルでは材料開発に何十年もの蓄積が必要ですから、ほかと取り換えがきかない。台湾製の自転車も世界で売れていますが、シマノの変速機がなければ自転車はできない。日本電産のモーター技術も他に真似はそうはできないでしょう」

――台湾が日本に学ぶべきものがまだたくさんあると。

「日本には非常に優れたところがたくさんあります。台湾が政府主導で進める半導体産業の発展計画というのは、実は日本に学んだものです。私は80年代、経済部(日本の経産省)の工業局に所属していましたが、そこの日本語チームに10人ほどいて、週1回日本の良いところを見習うための勉強会が開かれていました。一生懸命に日本語の新聞や雑誌を読み、日本の通産省(現経産省)とも若手同士で交流していました。当時担当だった局長、課長は優秀でよく勉強していた。リーダーシップを発揮し、技術がわかっていて、市場がわかっていて、10年後、20年後の未来が見えていたと思います」

台湾貿易センター東京事務所の陳英顕所長が半導体産業の動向と最近の政策について語った

――台日の協力関係をどう考えますか。

「国際競争を一つの国が単独で勝ち残るほど甘くはありません。台湾と米国との関係で言えば、米国はイノベーションや発明に注力するが、製造は台湾にまかせる。OEMだけでなく、ODM(相手先ブランドで設計から製造まで受託すること)によるアイデア形成も一緒にやってきました。そうした発想から、台湾でも2300万人を養えるような産業発展を考え、すべて自前主義にこだわるのではなく、東南アジア各国では台湾が人材育成や技術協力し、そこから製品を買っています。台日でもそうした協力関係を深めていけるはずです。アジアからみると、日本は民度が高くて素晴らしい文化がある。経済も悲観しすぎるほど悪いとは思いません。優秀な人材もいます。そして何より努力すれば生きていける社会が日本にはある。だからこそ、努力している人を応援していく社会の実現に台日が手を取り合って進んでいけばいいなと思っています」

 

 

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