2022-05-17 特集記事

本土の人間が「沖縄を描くこと」とは? ノンフィクションライター藤井誠二さんに聞く

© Photo Credit: AP / 達志影像

注目ポイント

2018年に沖縄書店大賞・沖縄部門を受賞した『沖縄アンダーグラウンド 売春街を生きた者たち』や、約3年にわたる新聞連載をまとめた沖縄ゆかりの人々のルポルタージュ『沖縄ひとモノガタリ』など、沖縄関連の著作も多いノンフィクションライターの藤井誠二さんに、沖縄を取材する中で感じることや、本土出身者だからこそ見えてくる沖縄のありようについて聞いた。

どれだけ真摯に沖縄を知ろうとしているのか

1990年ごろから沖縄に通い始め、今では教鞭を執る大学の授業が忙しくなる時期を除き、月のほぼ半分を沖縄で暮らす二拠点生活を送っている藤井さん。そんな藤井さんにとって、沖縄について描いた初めての本格的なルポルタージュが、2018年に上梓した『沖縄アンダーグラウンド 売春街を生きた者たち』だ。

「真栄原新町」(宜野湾市)をはじめ、県内に点在する売買春を行う特飲街(特殊飲食店街)で生きた人々の証言や史料を丹念に集め、アメリカ占領下で形成された特飲街の盛衰から、アメリカと日本に翻弄され続ける沖縄の犠牲や差別の構造を冷静な筆致で浮かび上がらせた。

一部の県民から「沖縄の恥部」とまで蔑まれた裏の世界の取材は、2010年暮れ、真栄原新町が「浄化活動」で消えてしまうと耳にしたことから始まる。取材者として戦後沖縄の一断面にコミットし始めると、「当然、沖縄と自分との関係を考えざるを得なくなった」と藤井さんは振り返る。

「個人的に親しい間柄は別として、年配の人にとくに多いのですが、ヤマト(本土)に対して良い印象を持っていない人が少なくないし、僕みたいに『ヤマトから来たフリーランスの男』に面白おかしく書かれるのではないかと警戒されました」

扱うテーマゆえの難しさに、本土の人間という立ち位置。「なぜ日本(ヤマト)に良い感情を持っていないのか、毎日考えていた」という藤井さんは、ある雑誌に寄稿した取材の途中経過をまとめた短編ルポを数百部コピーし、それを読んでもらうことで取材対象者との信頼関係を築いていくための端緒を探していく過程も同著で描いている。

「あからさまに言われたわけではないけれど、『ヤマトの人間にはわからん』って切られてしまうこともあった。沖縄を深く取材した人間なら、一度や二度は経験していると思います。だからといって予備知識をつけていればいいという問題ではない。沖縄の社会も一枚岩ではありません。自分がどれくらい真摯に沖縄のことを知ろうとしているのか、声を聞こうとしているのかを試されていたのかもしれない」

 

沖縄/本土だけではない分断

沖縄は、琉球王国から薩摩藩による侵略と琉球処分で最初の「大和世(ゆー)」が始まり、太平洋戦争末期、国内唯一の地上戦で20万人を超す犠牲者を出した沖縄戦後の「アメリカ世」、1972年の本土復帰から再び「大和世」と、激動の世替わりを経験してきた。

そのため、「沖縄も一枚岩ではない」というように、本土に対する人々の意識は、世代によっても異なる。故・西銘順治氏(1978~90年沖縄県知事、衆議院議員)がかつて「ヤマトンチュー(本土の人)になりたくてもなりきれないのが沖縄の心」と話したような、アメリカ世と大和世を生きた世代が抱く複雑な感情は、本土復帰後の世代の間では薄れていると感じるという。

「安室奈美恵のような沖縄出身のタレントや民謡が注目されて、沖縄が憧れの地として見られるようになった時代に育った世代と、戦後のアメリカ世を生きた世代とでは意識が違うのは当然ですよね。昔は内地に行くと『沖縄人お断り』とアパートすら借りられない差別を受けることも少なくなく、沖縄人であることに誇りを持ちにくかった。そういう意識の変化も謙虚に受け止めていくことは必要だと思います」

若い世代とひと口に言っても、他府県と比べて置かれている状況は複雑だ。中卒で働く人、進学で沖縄を出る人、出ない人、最近は距離の近さや生活費の安さから台湾の大学進学を目指す高校生も増えている。人気の就職先は公務員や電力会社、県内企業より労働条件の良い基地従業員。基地や公共事業頼みの経済構造、企業の利益が県民の所得に還元されにくい「ザル経済」に起因して1人当たりの県民所得は全国でもっとも低く、生活安定層と不安定層の乖離、子どもの貧困と、沖縄/本土だけではない沖縄内での分断も存在する。

「地縁、血縁が強い社会で、それに縛られすぎて若い人が将来を描きにくいこともあると思う。最近は狭い共同体からドロップアウトする人が多い。模合(もあい/金銭の相互扶助を行う伝統的な集まり)に入っていない人も増えています」

新しい価値観は伝統文化とぶつかりやすい。藤井さんが琉球新報に連載していた『藤井誠二の沖縄ひと物語』の取材で出会った性的マイノリティの女性は、2000年代から盛んになったシマクトゥバ運動(伝統的な言葉を普及継承する運動)で、男言葉は「ハイサイ」、女言葉は「ハイタイ」と伝えられ、ジェンダーのとらえ方が二極化されてしまうことへの拒絶感を語った。「それが現在の沖縄の姿のひとつ」と藤井さんは話す。

ウェブメディア「DANRO」(朝日新聞社・廃刊)の連載に、他媒体での過去記事等を加筆した藤井さんの最新著『沖縄の街で暮らして教わったたくさんのことがら 「内地」との二拠点生活日記』。内地の人間が沖縄で暮らすことや、沖縄を取材することの難しさなど、約2年半の二拠点生活で感じたことを綴った。論創社より5月27日発売。詳細はこちら

 

本土の人間だからこそ見える何か

藤井さんは今、夏の刊行を目指して、仮題だが『誰も書かなかった玉城デニーの青春──もう一つの沖縄戦後史』(光文社)という、玉城デニー沖縄県知事に焦点を当てた書籍の執筆を進めている。『沖縄アンダーグラウンド』が沖縄書店大賞を受賞し、その授賞式会場で玉城氏と挨拶した際、事前に献本していた本を読んでくれていたことがきっかけだった。

当初は沖縄の政治史に玉城知事を位置付ける構想だったが、本人や関係者数十人へのインタビューや、玉城氏の故郷・伊江島を行き来するうちに、彼の青春期にテーマをシフトした。

「地元のメディアはデニーさんの父親が海兵隊員だったとか、実の母と面倒を見てくれた育ての母がいるみたいな、紋切り型のようなエピソードは紹介するけれど、彼がアメラジアン(米兵とアジア人との間に生まれた子ども)として沖縄の中でも酷い差別を受けてきたことは、どこかタブー扱いされている印象があった。でも、非常に苦しい経験でも率直に、楽しかった思い出は生き生きと本人は話すんです。今の若い子は全然知らない、ロックバンド時代やラジオDJで活躍していた時代のことを。そこに惹かれたのが一番の理由ですね」

戦後の沖縄を凝縮したエピソードをたくさん聞くことができたと藤井さん。「そういう意味では、本土から来ているという立ち位置はネガティブなことばかりではなくて、沖縄の人が灯台下暗しになっていることが、逆に見えたりもする。それを僕がきちんと書いて、どういうことなのかを沖縄社会、日本社会に伝えるのかが問われているのだと思う」


藤井誠二(ふじい・せいじ)

1965年愛知県生まれ。ノンフィクションライター。愛知淑徳大学非常勤講師。教育問題、少年犯罪、犯罪被害者の問題などを数多く取材。ラジオやテレビコメンテーター、インターネット放送のパーソナリティも務めている。『体罰はなぜなくならないのか』(幻冬舎新書)、『「少年A」被害者の慟哭』(小学館新書)、森達也氏との対話本『死刑のある国ニッポン』(河出文庫)など著書多数。沖縄関連の著書に『沖縄アンダーグラウンド 売春街を生きた者たち』(集英社文庫)、ジャン松元氏との共作『沖縄ひとモノガタリ』(琉球新報社)などがある。

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