『私がホームレスだったころ』(李玟萱・著、橋本恭子・訳)
評者:田中雄大(中国語文学研究者)
気軽に台湾に行くことが叶わなくなり久しいが、皆さんのなかには、以前旅行や仕事などで台湾に行ったことがあるという人も多いのではないだろうか。本書の主要な舞台の一つである艋舺公園は、台北観光の定番、龍山寺の目の前にある。
『私がホームレスだったころ――台湾のソーシャルワーカーが支える未来への一歩』は、10人のホームレスと5人のソーシャルワーカーたちのライフストーリーを、ライター兼作詞家である李玟萱が文章化した本である。ホームレスに対する「一般市民」の認識を深めるべく、台湾芒草心慈善協会が企画した。
本書に登場する人物たち――王子、周爺さん、阿新、強哥、趙おじさん、越さん、晃晃、阿輝、阿忠、阿明、楊運生、張献忠、梅英姉さん、サマリア婦女協会の人々、翁パパの物語は、「ホームレス」とは一つの状態であって固定された身分などではなく、当然ながらどの人にもホームレスになる前があり、一方で私は昔ホームレス「だった」のだと語ることも可能なのだということを伝えてくれる。そして、ホームレスとソーシャルワーカーの関係性も、単なる援助する/援助されるというものではないことがよく分かる。
またホームレスの多様性を可視化すべく、意図的に「特異な」人生の人を語り手に選んでいるため、一つ一つが単純に物語として面白い。それは台湾の激動の歴史と重なる。但し作者が「はじめに」で述べているように、本書に登場するホームレスは全員男性である。本書に収録できなかった人々の声の存在も、同時に想起する必要がある。
本書の内容でもう一つ興味深いのは、日本におけるホームレス支援の取り組みが、台湾での活動に大きな影響を与えたという事実である。楊運生は大阪の釜ヶ崎における支援活動から、張献忠は活水泉教会の日本人伝道者である恵さんから、多大な啓発を受けたと語っている。本書でも言及があるように、台湾におけるホームレスへの一般的な関心は決して高いとは言えない。台湾で本書が書かれなければならなかった、最大の原因である。
翻って、日本ではどうだろうか。仕切りのあるベンチや歩道橋下の不可解な柵を見かけるようになって随分と経つ。幡ヶ谷のバス停では大林三佐子さんが殴打され亡くなった。それらの根底にあるのは、私たちの偏見であり無関心である。日本と台湾はこんなにも似ている。本書を手に取ることによって、私たちの認識の中の何かが変わるかもしれないと、少し思う。